1964(昭和39)年10月10日、東京オリンピック開会式のその日に誕生し、1999年に美容業界初の上場を果たした田谷が苦境にあえいでいます。
目次
文・作表 加藤千明 ※図は決算資料より引用
東洋経済新報社で2誌の編集長を歴任した後、ファイナンシャルプランナー兼ライターとして独立。美容業界のリーディングカンパニーを解析する「決算 徹底分析」シリーズを連載中。
決算の概要
4月28日に発表した2021年3月期決算によると、連結売上高は67億8500万円で、前年比で22.4%減少しました。
内訳は、メインの美容施術が22.8%減の60億4245万円、ヘアケア商品や化粧品など商品売上高が17.4%減の7億3500万円、額は非常に小さいですが、講習やセミナーなどその他の売上高が71.7%減となりました。
売上高の内訳
美容施術 : 60億4245万円(前年比22.8%減)
商品売上 : 7億3500万円(同17.4%減)
その他 : 760万4000円(同71.7%減)
これほどの減収となった最大の要因としては、やはり、新型コロナウイルス感染症の拡大による店舗休業や外出を控えたことによる来店客数の減少などの影響があげられます。
本業のもうけを示す営業利益は、12億6400万円の赤字となり、赤字額は前年度の3倍以上にふくれ上がりました。
売上の減少にともない売上原価も減少しましたが、その率は11.5%にとどまりました。新型コロナウイルスの感染防止対策として店舗の衛生コストなどが加わったものの、販売費・一般管理費も14%強減らしています。
それだけのコスト削減を行いましたが、売上高の大幅な減少には及ばず、10億円を超える大幅な営業赤字を計上する結果となりました。
また、特別利益で新型コロナの助成金収入を8700万円計上していますが、一方で、あわせて3億円近い店舗休業損失と店舗閉鎖損失を計上しています。
会計上の税金の調整処理を行ったうえで、当期純利益も10億円を超える大幅な赤字となりました。
田谷の店舗ブランド展開
田谷は、店舗ブランドとして、メインブランドの「TAYA」のほか、「TAYA&CO.GINZA」、「Capelli Punto N.Y.」、「MICHEL DERVYN」、そしてカジュアルなファミリーサロン「Shampoo」を展開しています。
美容室5ブランドで広域に117店舗
「Shampoo」は、時間がないときも気軽に立ち寄れる「ノーアポイントメントシステム」を採用し、いつでも同じプライスを提供する「オンリーワンプライス」となっています。
価格はカット(セルフブロー)が1,800円、カット・シャンプー・ブローが2,800円で、ほかにパーマやカラーのコースも、ワンプライスで提供されています。
店舗は、首都圏を中心に、仙台から、近畿、九州まで、この3月時点で「Shampoo」を除く4ブランド店舗(デザイナーズブランド)が97店、「Shampoo」ブランド店が20店の計117店舗となっています(小売店1店は除きます)。
ピークから7年で34店舗減
近年の推移をみると、2014年3月期までは店舗数は増えていました。
しかし、これをピークに直近まで減少が続いています。2014年3月期の店舗数が151店舗でしたので、その後7年で34店舗が減ったことになります。
深刻な売り上げ減と赤字体質
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、外食産業や美容業界など多くの対人サービスの企業にとって、2021年3月期は厳しい環境が続きました。今回の田谷の決算からも、その様子がうかがえます。
5期連続の減収、5年前から4割減
しかし、同社は2017年3月期以降、これで5期連続減収となっています。5年前の2016年3月期の売上高118億4300万円からは、4割以上も売り上げが減少しました。
また、当期純利益を見ると、2013年3月期以降、ずっと赤字が続いています。
つまり、コロナ以前から経営状況は厳しかったが、そこにコロナが追い打ちをかけたということになるでしょう。
デザイナーズとShampooの入客数・売上比較
直近3年の各月のデータがありますので見てみましょう。
下のグラフは、「デザイナーズブランド」「Shampooブランド」それぞれの入客数と売上高の前年同月との比較を表したものです。
入客数と売上高のどちらも、2020年の4月が前年同月比で60%を超える大幅なマイナスとなっています。
これは、新型コロナウイルス感染拡大防止のための最初の緊急事態宣言が首都圏の1都3県と、大阪府、兵庫県、福岡県に発令されたことを受け、対象地域で一部店舗の休業を実施したことが響いています。
ちなみに、この時期、営業店舗119店のうち108店が緊急事態宣言の対象地域となった都府県にありました。それだけにダメージも大きかったものと思われます。
その後も、入客数、売上高ともに前年を10%以上、リーズナブルな業態のShampooブランド店では20%以上も下回る状態が続きました。2021年3月になり、ようやくデザイナーズブランド店で前年比プラスに転じました。
とはいうものの、前年の3月は新型コロナの感染拡大が本格化したことで、すでに大きく落ち込んだレベルでしたので、下げ止まったとはいえ、手放しで喜べる状況とはいえません。
それよりも、新型コロナの感染が発生する前から、入客数の減少が常態化し、結果として売上高も減少するという状況が続いてきたことのほうが、本質的な問題であるような気がします。
とくに入客数において、ハイブランドよりも、リーズナブルなShampooブランド店のほうが減少幅が大きいというのは興味深いところです。
深刻な資本の減少
財務状況についても見ていきましょう。
とくにこの1年の変化に注目してみると、現預金の減り方が半端ではありません。
一方で、流動負債が増えています。短期の借入金が増えていることが主な要因ですが、売り上げが減少するなかで費用負担などを賄うために、借入れにより資金を調達したことがうかがえます。
また、大幅な赤字決算となったことで繰越欠損金がふくらんだ結果、自己資本が1年間で半減してしまいました。
3つの大きな経営判断
こうした厳しい非常に厳しい決算、財務内容の発表と合わせて、大きな経営判断が示されました。
事業構造改革プランの発表
その1つが、事業構造改革プラン「T9」です。具体的な内容については、以下の記事をご参照ください。
目に見える最も大きな施策としては、2021年中に33店舗を閉鎖するというものでしょう。
前述のとおり、田谷は、この7年間で34店舗を減らしてきました。ただ、それだけが理由ではないにせよ、時期を同じくして売上高も減ってきました。
これと同じだけの数の店舗を1年間で減らすというのは、相当な痛みを伴うのは必至でしょう。売上高を維持するためには、残った店舗でその分を上乗せしなければいけません。
もちろん、利益が出る体質にするためには、不採算店を整理して、コスト競争力を高めることは必須です。
また、当然ながら固定費の削減も示されています。2021年3月期はまだ公表されていませんが、2020年3月期の有価証券報告書によれば、売上原価のうち、人件費を含む労務費が56%、地代家賃が20%を占めています。
店舗の閉店を含めた施策によって、この部分にも切り込んでいくことになるようです。
本社ビルを売却
2つ目の施策が本社ビルの売却です。
渋谷区神宮前にある本社ビルを売却し、9月に引き渡しと本社移転を行う予定です。
これにより約23億円の売却益が発生、2021年6月期の四半期決算で特別利益として計上するとしています。
資本金の大幅な減資
3つ目が資本金を5000万円に減資することです。
現在の資本金が14億8000万円ありますので、差額の14億3000万円をその他資本剰余金に振り替えます。
あわせて、17億円ある資本準備金もその他資本剰余金に振り替え、20億円ある累積赤字を解消することとしています。
2021年は正念場の年
田谷にとって、2021年は引くに引けない正念場の年となります。
事業構造改革を確実に実行するよりほかに、企業を存続させる道はないといっても過言ではないようです。
シンジケートローン契約条件に抵触
それはなぜか?
田谷は、2016年12月に借入金のリファイナンス資金調達のため、三井住友銀行を幹事とするシンジケートローン契約を結んでいます。
その契約には、
①2017年3月期以降、純資産の合計金額が2016年3月期の純資産額の75%以上を維持すること
②2017年3月期以降、2年連続して営業赤字とならないこと
③2017年3月期以降、バランスシート上の現預金の金額が7億円以上あること
という条件(財務制限条項)が付けられています。
しかし、2020年3月期において、純資産額が2016年3月期の純資産額の75%を下回り、①の条件を満たさなくなってしまいました。
金融機関との協議の末、この1年間は実質的に契約を維持するという、いわば猶予をもらった格好となっていました。
そして2021年3月期、2年連続の営業赤字を計上し、現預金額は3億9000万円まで減少、純資産額も2016年3月期の純資産額の37%にまで落ち込み、3条件すべてに抵触する事態に陥りました。
条件不達なら資金繰りに重大な影響
このままで、金融機関がもう1年の契約延長を認めるわけはありません。
今回打ち出された事業構造改革プラン「T9」を確実に実施して(それで十分かどうかはわかりませんが)、この1年で経営を立て直し、2022年3月期に3条件をクリアしなければ、資金繰りに重大な影響が発生するのは避けられないでしょう。
田谷にとって、この1年はまさに背水の陣、正念場の年となるのは間違いありません。
当面は、既存事業である美容や和装宝飾のテコ入れをしつつ、新たな成長の道を探るという難しい舵取りが続くことになりそうです。
加藤千明(かとう ちあき)
筑波大学を卒業後、山一証券に勤務。1993年7月、東洋経済新報社に入社。電機・化学業界担当記者としてITバブルの全盛期と終焉を経験。2005年より『東洋経済 統計月報』編集長、2010年より『都市データパック』編集長を歴任。『CSR企業総覧』『米国会社四季報』編集部を経て、2021年2月に27年勤めた東洋経済新報社を退社。現在はデータに基づいた分析を強みに『アメリカ企業リサーチラボ』を運営しながら、ファイナンシャルプランナーとしても活動。
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