サロンの施術で負傷したと言われたら、どうしたらいいでしょう?
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第26回は、そんな時の対処法について取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
目次
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」
こんにちは!弁護士の松本隆です。
第26回は「施術で負傷したと言われたときの対処法」です。
経営者の方から「トラブルの対処法についても書いてほしい」というリクエストをいただきました!
さっそく事例から見てみましょう。
Xさんというお客さんはうちのYサロンに20年以上通われている常連さんなのですが、先日、Xさんから、従業員Zのヘッドスパの施術中に首を負傷したので1600万円の損害賠償請求をするという通知書が送られてきました。
うちの従業員Zの施術のしかたで首にけがをするなんて考えられません。
Xさんに裁判を起こされたら負けてしまうのでしょうか?
こういうトラブルを防ぐために気をつける方法はありますか?
参考:東京地裁の裁判例(令和4年9月29日Westlaw Japan 2022WLJPCA09298020)
従業員がお客さんに怪我をさせたときの責任は・・・
民法709条には、故意または過失で他人に損害を加えてしまった場合には損害賠償責任を負うという規定があります。
民法709条(不法行為)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
つまり、「不法行為」に基づく損害賠償請求の条件(要件)は、
① 「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」(権利利益の侵害)
② 「損害」が発生したこと
③ ①と②の間に因果関係があること(①によって②が発生したこと)
④ 故意又は過失があること
です。
裁判では、Xさんが①~④をすべて証明できたら勝ちということになります。
ちなみに、民法715条は「使用者責任」を定めており、「従業員の責任は会社(サロン)の責任でもある」としていますので、従業員のミスで訴えられるとサロンも訴えられてしまうことになります。
これは第19回でも解説しましたが、「報償責任の原理」という考え方(会社は従業員のおかげで利益を得ているのだから従業員のミスによる損失も負担してね)があるからです。
>> 【サロン六法】19.それっていいの!? レジ不足金の自腹ルール
被害者(お客さんのXさん)の主張
今回は、東京地裁の裁判(令和4年9月29日)をもとに検討したいと思います。
お客さんであるXさんの主張は
① ヘッドスパの際、首を強くつかんで圧迫し、Xさんの頭と首を3回も勢いよく引っ張り、3回目は、従業員ZさんがXさんの頭を持ち上げた状態から急に手を離したため、Xさんは肩から上をシャンプー台の椅子に打ちつけられた。(=権利利益の侵害があった)
② 「損害」は後遺障害等級12級相当で総額1600万円である。
③ ①によって②が発生したので因果関係はある。
④ 施術中に体に害を与えない義務があるのにそれをしなかったから、過失がある。
というものでした。
ここまで読んでみて「これって当たり屋みたいな話?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、Xさんは20年以上通っている常連さんなので、当たり屋とは言い切れません。
お客さんごとの「カルテ」が役に立つ!?
Yサロンではお客さんの施術の好みや施術内容を記録した「カルテ」(パーソナルシート)を作っていました。
こういった業務で作成する書面は裁判では重視されることが多いです。
今回のXさんの「カルテ」には、シャンプーの好みは「強」、マッサージは「強」が選択されていて、メモ欄に「ハーブは長めに。ネープもマッサージします。シャンプーも強めにていねいに。30分くらいゆっくりネープも含めてマッサージします。」と書いてありました。
さらに、首を負傷する前の回の施術(3カ月前)の「カルテ」には「とにかく洗浄が長いです。強めマッサージ好き」と書いてありました。
これらの「カルテ」が役に立つことになります。
判決は・・・!
お客さんのXさんは、通院した病院の診療情報など(例えば、診察を受けたときにお医者さんが書いた内容)を使って今回の施術での事故の内容を証明しようとしました。
しかし、判決では、裁判官は
① Yサロンでのヘッドスパの施術方法は、椅子の背もたれを倒して、仰向けで首から上をシャンプー台に乗せたお客さんに対して、頭皮をハーブ液で洗浄し、指でマッサージをするというもの
② Xさんの「カルテ」に「強め」のマッサージの希望があり、ネープ(うなじの上部)もマッサージする旨が記載されている
③ 施術の際に、Xさんの後頭部を洗浄したり後頚(こうけい)部を指圧したりするため、頭や首の後ろに手を回して頭を持ち上げることはあり得る
④ しかし、Xさんが主張するような、首から上を強く引っ張るとか、頭を30cm以上持ち上げてシャンプー台に落とすような動作を従業員Zがすることは考えられない
として、「施術の際に、Xさんに受傷させるような行為をしたといえる証拠はない」ため、Xさんの損害賠償請求額は「0円」としました。
つまり、Xさんの主張を認めるだけの「証拠が足りなかった」ということです。
本当は従業員Zさんが不注意でXさんの頭をケガさせるようなことがあったのかもしれません。
しかし、Xさんの病院の診療情報は「事故の後に作ったもの」で事故当時の資料ではありません。しかもこれらはXさんの「自己申告」です。
これに対して、Yサロンのカルテにはお客さんに対する施術について丁寧に書いてあるし、何か事故があったという情報も特に書いていない。
そうなると、裁判所としては従業員Zさんに過失があったと認める決め手がないのです。サロン側としてはほっとする判決ですね。
一体どうやって対策する? ~カメラの有用性~
最近、タクシーにカメラがついているのをご存知ですか?
あれは「ドライブレコーダー」というものですが、タクシーの場合は「車の外」だけでなく「車内」にもカメラがついています。
タクシー運転手さんに取材したところ、「カメラがついてから、撮影されているせいかお客さんの態度が良くなった」という声が多数あります。
そうです。「映像は動かぬ証拠」なのです。裁判でも映像は「固い証拠」と言われ、最強の証拠の部類に入ります。
第7回で「監視カメラ」についてお話しさせていただきましたが、まさに今回のような裁判を防ぐには防犯カメラを設置するのが一番効果的だと考えます。
ヘッドスパの様子がカメラに映ってさえいれば荒い施術だったかどうかはわかるので、映像があれば、裁判すら起こされなかった可能性があります。
裁判は勝訴することが「勝ち」ではなく、起こされないことが「勝ち」なのです(名言?)。
さいごに
今回は施術で負傷したと言われたときの対処法でした。
どこのサロンでもあり得てしまうトラブルですので、参考になる点が少しでもあれば幸いです。
それではまた次回!
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子