【ヘアサロン六法】12.借用書 -美容室経営者の法律相談

特集・インタビュー
【ヘアサロン六法】12.借用書 -美容室経営者の法律相談

弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第12回は「借用書」についてです。

美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!

「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

松本隆弁護士( 横浜二幸法律事務所)

こんにちは!弁護士の松本隆です。

第12回は「借用書がなくても返せって言える?」です。

「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、今回もあえて内容をシンプルにしており、一部説明を省略しています。

貸すのはよくないとはわかっているけれど…

「経営者」という立場になると、友人・知人にお金を貸すという事態もあるものです。

よく、ご相談の中で「恩がある友人が困っていて、お金を貸したんですが、借用書を作ってないんです」ということがあります。

今日はそんなときに備えて解説したいと思います!

事例

Xさんは、美容室Aを経営する美容師Yさんのお客さんです。

・ある日、Xさんは、カットの最中にYさんが「お金に困っている」と聞き、「Yさんを信じて200万円用意するからこれからも素敵な美容師さんでいてね」とSNSでメッセージを送信しました。

・Yさんはこれに「本当にありがとう!」と返信しました。その翌日、Xさんは、Yさんの口座に200万円を振り込みました。

・Xさんとしては、借用書だけは欲しいと思い、SNSのメッセージで「来週、借用書お願いします」と送信しましたが、Yさんは「借用書は別の日がいいな。木金どっちかに持っていくよ」等と返信はするものの、借用書を用意しませんでした。

・XさんはSNSで何度もYさんと借用書がほしいというやりとりをしましたが、結局、借用書はもらえませんでした。

さて、XさんはYさんに対して借用書がない状態で200万円を返せと言えるのでしょうか?

※「東京地判平成31年4月22日」の事案の概要を改変しています

さて、今回は実際にあった事件をベースにしておりますので、美容師さんが借りる側になってしまいましたが、学べることは一緒ですのでご安心下さい。

Xさんは、善意で200万円貸したのに借用書がもらえていません…

こういうときは裁判をしてもお金は返って来ないのでしょうか?

Yさんは借用書を作らなかったらうまく逃げおおせてしまうのでしょうか…?

契約では「契約書」がすべてではない!?

よくある間違った知識としては「契約書がなければ契約は成立しない!」というもの。

そう、これは違うんです。

契約とは、難しい言葉で言うと、「当事者間の意思表示が合致すること」をいいます。

そして、簡単な言葉で説明しますと、「200万円借りたい!」「いいよ!」という感じで、お互いの法的な考えが一致すると契約が成立します。

法律用語では、「200万円借りたい!」というのを「申込」の意思表示、「いいよ!」というのを「承諾」の意思表示といいます。

「申込」があって、それを「承諾」したら契約が成立するのです。

コンビニのお客さんがおにぎりをレジに置く行為は「おにぎりが買いたい!」という「申込」です。

そして、店員さんがレジでお金をもらうことで「いいよ!」と承諾をしています。

これで売買契約が成立します。

そうです。「みんな毎日のように契約をしている」のです。

「契約書」は契約をした証拠の1つにすぎない!

もちろん、契約書があれば、きちんと契約をしたことをあらわす「証拠」になります。

ですので、契約書はあった方がいいに決まっているんです。

でも、コンビニのおにぎりを買うことのように契約書がない契約もたくさんあるんです。

お金の貸し借りでも「契約書(借用書)はあった方がいいけれど、なかったらそれでダメだというわけではない」のです。

今回のXさんはYさんに何度もSNSのメッセージで連絡をしていましたが、これがXさん自身を救う武器になります。

「SNSのメッセージのやりとり」も重要な契約の証拠になる

今回は「200万円の振込履歴」も証拠になりますが、これだけでは「あげた」のか「貸した」のかはわからないんです。

そこで役に立つのが「SNSのメッセージのやりとり」です。もちろん「メールのやりとり」でも構いません。

「お金を返してほしい」という裁判(金銭消費貸借契約に基づく返還請求)で必要な事実

①お金を渡したこと

②返す約束をしたこと

です。

①については…

Xさんが「Yさんを信じて200万円用意するからこれからも素敵な美容師さんでいてね」とSNSでメッセージを送信したこと、Yさんの口座に200万円を振り込んだこと等がありますから、お金を渡したことは簡単に証明できそうですね。

②についても…

Xさんが「来週、借用書お願いします」と送信していて、Yさんが「借用書は別の日がいいな」と返信していることから、返す約束自体はあると証明できそうです。

ちなみに、返す日をしっかりと決めていなかったとしても「期限を決めていない債務」として法律上は問題ありません。

ですので、①②があるといえるため、「Xさんは裁判で勝つことができる可能性が高い」といえます。

逆を言えば、

現金で手渡しをしていた

メールやSNSでもやりとりをしていない

というケースでは、証拠がなく、裁判で勝つのは難しいといえます。

上手な証拠の残し方

メールやSNSのメッセージであっても、上手に証拠を残せば裁判でも十分に戦えます。

今回の事例からは、

できれば契約書を用意してからアクションを起こすこと

(例:借用書を作る前にお金を渡さない)

契約書がない場合でも、メールやSNSのやりとりで「契約をしたことがわかるような内容」を残すこと

(例:SNSのメッセージで「●月●日に200万円振り込んだけど、●月から返済を開始してね!」と送る等)

お金は「現金で手渡し」ではなく、「履歴が残る形」で渡すこと

(例:銀行振込など)

・さらに、支払いがないときは、メールやSNSのやりとりで「請求したことがわかるような内容」を残すこと

(例:SNSのメッセージで「貸した200万円、●月●日から返済をしてくれるって言っていたのに、もう●日も過ぎているよ?いつになったら返済スタートできそう?」と送る等)

等が学べると思います。

最近はSNSは「偽造だ」などと言われることもあるので、ビジネス的なやりとりはアカウントの偽造が難しいメールやビジネスツールがオススメです。

ただ、どうしてもSNSでやりとりしなければならない場合は、スクリーンショットだけでなく、アカウントを起動してメッセージ画面が表示されるまでを動画で残しておくといいでしょう(そこまでするのは大変ですが)。

さいごに

今日は契約について説明しました。

意外と知られていない部分ですし、「証拠の残し方」としても役立つお話ができると思い、取り上げさせていただきました。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします!

松本隆弁護士( 横浜二幸法律事務所)

松本 隆

弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー

早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。

横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115

監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子 撮影/幡司誠

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