⑤「有効」な競業避止義務契約にするためには? 有効・無効の判断ポイント
先ほどご紹介した裁判例の「競業避止義務契約」が絶対ではありません。
契約にあたっては、以下の6つのポイントに気をつけながら契約内容を決めるのがよいです。
1)企業の利益
前提として、サロンの従業員に競業避止義務を負わせる必要性があること
2)従業員の地位
営業秘密に関係した従業員など、特定の人が対象であること
3)地域の限定
禁止地域の範囲が広すぎないこと(業務との関係で決まる)
4)期間の限定
競業禁止の期間が長くないこと
5)行為の範囲
禁止される行為の範囲がはっきりしていること
6)代償措置
禁止にする代わりに手当などがあること
それでは、ひとつずつ見ていきましょう。
1)企業の利益 : 前提として、サロンの従業員に競業避止義務を負わせる必要性があること
ヘアサロンのお客さんが定着していくには、何度も通ってもらって長い時間をかけて信頼を得ることが重要です。
このように、サロンの営業においては、長期間にわたる営業をしてはじめて“顧客が定着する”という利益を得ることができるので、サロンにおいては、従業員に退職後の競業避止義務を課する必要性があるといえます。
なお、先の裁判例では①は争いにはなっていませんでした。ただ、ケースによっては、⑥の代償措置(手当の支給)を行っていたかが見られる可能性があります。
2)従業員の地位 : 営業秘密に関係した従業員など、特定の人が対象であること
従業員全員と同じ契約をしていると、無効と判断されやすい傾向にあります。
「この人は競業避止義務を課すことが必要な従業員だ」といえる人だけと契約を結ぶことが大事です。
3)地域の限定 : 禁止地域の範囲が広すぎないこと
禁止地域の範囲についての裁判所の判断は、お店の規模によって変わる点がポイントです。
例えば、全国展開しているヘアサロンであれば全国を範囲にしても絶対に無効になるとはいえませんし、1店舗しかないヘアサロンだとしたらあまりに広い範囲の制限は無効になりやすいといえます。
通常の企業では、「在職していた都道府県+その隣接県」という限定をすることが多いですが、ヘアサロンの場合、個人的な見解ですが、「そのサロンに通っているお客さんの自宅からの距離の平均」が1つの参考になるように思います。
ちなみに、今回紹介した裁判例では禁止範囲は「サロンから半径150メートル」でした。もう少し広い範囲にしても有効になる可能性はあるように思います。
例えば、最初の平成25年4月の合意内容の「同一区内」でも有効と判断された可能性は十分あったように思います。
4)期間の限定 : 競業禁止の期間が長くないこと
あまりに長いと、制限しすぎということで無効になってしまいます。
裁判例の傾向では、「1年間」以内だと有効になりやすいです。最近は「2年間」以上だと無効になりやすい傾向ですが、必ず無効になるわけではありません。
ただ、「5年間」は長すぎるので、無効になる可能性は非常に高いです。
5)行為の範囲 : 禁止される行為の範囲がはっきりしていること
ヘアサロンであれば、「ヘアサロンに転職したりヘアサロンのお店を出したりするのを禁止する」のが一番はっきりしていていいですね。
これを超えて「ネイルサロンなどの他の業種も禁止」などとすると範囲が広くなりすぎ、無効と判断される可能性が出てきます。
6)代償措置 : 禁止にする代わりに手当などがあること
競業避止義務を負わせるかわりにお給料を高くした(競業避止手当を出した)という事情があると、競業避止義務契約が有効と判断されやすくなります。
特に、競業避止義務契約をした前後で給料の金額が変わるとポイントが高いです。また、退職金の支給という形で出すのでもよいでしょう。
「月額4000円の手当」では不十分だと判断された裁判例(大阪地判平成15年1月22日Westlaw Japan 文献番号2003WLJPCA01226003)もあるため、金額が安すぎる場合には効果は乏しいです。
ただ、代償措置が不十分でも、損害額の算定で考慮できる(つまり、損害賠償額から不十分だった分の金額を調整すればよい)ので、金額が安すぎるからといって必ずしも契約は無効にはならない旨を述べた裁判例もあります。
いくらにすればよいか、そもそも定めるかどうかは、サロンの規模によっても変わりうるところなので、弁護士に相談してみるのがよいでしょう。
⑥弁護士に相談を!
「せっかくだし、うちも競業避止義務契約してみよっかな?」と思った方、さすがです!
経営者として、リスクヘッジは重要です。雇った従業員にお客さんを取られてしまうというのは、さすがにせつないですよね。
退職後も元従業員の方といい関係でいられれば最高ですが、経営するサロンを守るためにもトラブルにならないように準備しておくことが一番大事です。万が一のことを考えて、競業避止義務契約書を作ってみてはいかがでしょうか?
「②競業避止義務契約とは?」でも述べましたが、競業避止義務契約書だけでなく、秘密保持契約書も一緒に作成してしまうといいと思います(両方を1つの契約書にまとめるのがベストだと思います)。
これを読んだ方が、少しでも法律に興味を持ってくれますように。それでは、また!
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
MATSUMOTO TAKASHI/早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。美容専門学校では「美容師法」の講義を担当。2021年よりデジタルハリウッド大学でも教鞭をとっており、青山学院大学法学部の講義(現代弁護士論)にも毎年ゲストにて登壇している。大学から社交ダンスを続けており、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年はメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもエイジングケアは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
→ 公式サイト:http://y-niko.jp/
→ TEL:045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子 撮影/幡司誠