今回の事例では、Xサロンの経営者のAさんは、オーナーさんから「保証金を6カ月分入れてくれるなら、保証会社との契約はしなくてもいいです。でも、保証金を3カ月分しか入れないなら、保証会社との契約はしてください」と言われています。
このように選べる場合、どちらを選ぶのがいいのでしょうか?
1.長期的に腰を据えてサロンを運営することが決まっている場合
→「保証金を6カ月入れる」方法がおすすめです。最終的に返還もされますし、オーナーとの信頼関係も構築しやすくなります。
2.初期投資を抑えたい場合
→「保証金を3カ月分入れて、保証会社と契約する」方法がおすすめです。特に、短期間で移転を考える可能性があるなら有効です。
最近の契約では、「保証金(敷金)2~3カ月分+保証会社必須」という「ハイブリッド方式」が多く見受けられます。
ハイブリッド方式のメリットは
・賃料滞納のときには「保証会社」がスピーディーに対応してくれる
・原状回復や修繕費などの大きな支出は「保証金」で対応できる
ので、オーナーにとってはリスクが少ないですし、借主にとっても保証金の額が高すぎないので、バランスがいい点です。
原状回復工事の費用を保証金から支払った事例で、似ているけれど結論が逆になった裁判例があるのでご紹介します。
東京地裁の裁判例①
【事案の概要】
・賃借人Xさんが退去時に原状回復費用を負担することになり、オーナーYさんはXさんが差し入れていた保証金からその費用を引きました。
・しかし、Yさんは実際には原状回復工事をしておらず、次の賃借人Zさんにそのままの状態で賃貸しました。
・そこで、Xさんは原状回復工事をしていないのにその分の費用を引くのはおかしいと考えて、Yさんに対して引かれた分の保証金の返還を求めました。
【裁判所の判断】
裁判所は、オーナーYさんが原状回復工事を行っていないのに、その費用を保証金から差し引くことは不当であると判断し、賃借人Xさんの請求を一部認め、オーナーYさんが差し引いた保証金をXさんに返還するよう命じました。
(東京地判・平成29年9月6日Westlaw Japan 2017WLJPCA09068006)
東京地裁の裁判例②
【事案の概要】
・賃借人Xさんは、オーナーYさんから建物を賃借していましたが、契約終了時、賃借人Xさんは、オーナーYさんとの間で、「原状回復工事を行う代わりに、その費用を支払う」という合意(=義務の免除と引き換え)を結び、差し入れていた保証金からその費用が引かれることになりました。
・しかし、Yさんは実際には原状回復工事をしておらず、次の賃借人Zさんにそのままの状態で賃貸しました。
・そこで、Xさんは原状回復工事をしていないのにその分の費用を引くのはおかしいと考えて、Yさんに対して、引かれた保証金を不当利得だとして返還を求めました。
【裁判所の判断】
裁判所は、「XさんとYさんの間には原状回復義務を履行しない代わりに費用を支払うという明確な合意があった」と認定し、たとえ実際に工事が行われなかったとしても、その支払いは有効であり、返還請求には理由がないとしました。
(東京地判・令和元年10月1日Westlaw Japan 2019WLJPCA10018008)
2つの裁判例の違いをまとめると以下のようになります。
結論が違ったのは「原状回復費の支払いにどのような合意があったか」という点が決定的なポイントです。
美容室などの事業用テナントでも、退去時の費用負担をめぐるトラブルを防ぐには、契約書・合意書の内容をできる限り明確にしておくことが肝心ですね。
今回は保証金と保証会社の話でした。
しっかりとそれぞれの仕組みを理解し、美容室の経営スタイルに合った契約を選ぶことが、長期的な安定経営の第一歩になります。
それではまた来週!
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士)
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