
昭和と令和。二度の大阪万博でユニフォームをデザインしたコシノジュンコさん
世界的なデザイナーであるコシノジュンコさん。「初めての大きな仕事だった」と振り返るのは、昭和45年(1970年)の大阪万博で手がけた3つのパビリオンのユニフォームデザインです。
いま再び令和の大阪・関西万博で、そのひとつだったタカラベルモントのユニフォームを手がけたコシノさんに、そのクリエイティビティの源泉や仕事観、ヘアスタイルへのこだわりをうかがいました。
光をデザインしたユニフォーム
── コシノさんは二度の大阪万博でデザインを担当されます。タカラベルモントのユニフォームを手がけられるのは、55年ぶりですね。
前回の万博でユニフォームをデザインしたのは、ペプシ館、生活産業館、そしてタカラ・ビューティリオン。黒川紀章さんや一柳慧さん、堺屋太一さんという建築家やアーティストの方からの依頼で、私にとって初めての大きな仕事でした。
今回再びタカラベルモントさんと二度もさせていただくというのは本当にすばらしいこと、うれしいことです。


── パビリオンやブースの建築に合わせてデザインされたそうですね。
建築デザインに合うものであることが大事なので、前回も今回も建築から考えました。
今回のタカラベルモントのブースは未来がテーマです。未来はつかみどころがないものではあるけれど、未来はおもしろいぞと思わせたくて。万博のユニフォームはまともじゃつまらない。影響力、楽しさ、意外性みたいなものが欲しいでしょう?
白は色ではなく光。シルバーも色ではなく光なんですね。光は見えない、つかめない。でも光は動くと変わる。ユニフォームは人が着て動く。このユニフォームは光をデザインしました。

── タカラベルモントの今回のブースは、万華鏡みたいな華やかさです。
そう。背景に鮮やかな色があるから、ユニフォームにはあえて色をつけなかった。ブースの色がユニフォームに反映されることを意図しています。

美容師さんは地に足がついた美の仕事
── コシノさんご自身についてもお聞きしていきます。トレードマークともいえる、おかっぱヘアはいつからですか?
これは中学生から。他のヘアスタイルも試したけれど、結局、おかっぱに戻るのね。やはり似合う似合わないがあって落ち着くところというとおかっぱなの。
── 前髪をまっすぐではなく、ちょっとV字にされていますよね。
その方が顔が小さく見えるとかバランスね。自分のイメージを持続するとか、自分の生き方とかという点で、ヘアスタイルの意味はものすごく大きい。美容室はずっと長い間、同じところに通っています。
── 美容師という仕事について、どうお考えですか?
実は、私はデザインのスケッチをするとき、ヘアスタイルから描くんです。今回のデザインも帽子から始めました。

美容師というのは美を追求する、見えるような見えないようなものを見えるものにする仕事。可能性と夢がありますよね。そういう仕事は永遠のものだと思うんです。
時代を反映して美を追求して。それが社会を向上させ、発展させていくので、ものすごく大きな大切なこと。美容師さんは地に足の着いた美しさを表現していると思います。

人のためになることが成功
── 人がいて、生活の中にあり、というのを大切に思われているのですね。
まず人が中心ですもの。どんな建築であろうが何であろうが、人が中心ですものね。その人がどうやって快適に過ごせるかっていう意味でも、美容やファッションはとても大切な仕事です。
今回のユニフォームも快適に着られるということを考えています。万博の期間中、半年もの間、着るものですからね。
── コシノさんはどんな姿勢で仕事に臨まれているのですか?
やっぱり一日一日がフレッシュです。新しい日が来るわけですよ。昨日の延長じゃないんです。昨日の考え方と今日の考え方が変わっていい。
だから、ひらめきとかですよね。私はよくひらめくんだけど、そこから新しいクリエイティブができるので。ちょっとしたひらめきを捨てないで形にします。
小さなひらめきも追及するとどんどん大きくなって世の中の役に立つ。ちょっと思ったということを自分だけのものにするのではなくアウトプットする。人のためになることが成功だと思うの。

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取材・文・撮影/大徳明子
