
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。
第52回は訪問美容を取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

こんにちは!弁護士の松本隆です。
この連載では「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、あえて内容をシンプルにしてお送りしています。
事例から見てみましょう。
私はXサロンの経営者でAといいます。
最近、お客様から「美容院に来たいけれど、年を取って足腰が弱くなり、外出が難しくなった」という声をいただきました。
私としては、高齢化社会の今こそ、「訪問美容(出張美容)」をビジネスとしてやるのもありだと思っています。
何か気をつける点はありますか?

歯医者さんの「訪問歯科」が流行っている?
65歳以上の人口が総人口の21%以上いる状態を超高齢社会といいます。
令和5年時点の日本の65歳以上の人口は、総人口の「29.1%」です。
超高齢社会を大きく上回っているんです…!
このように高齢化が進むと、外出できない方がどんどん増えることになります。
歯医者さんも歯科医院でお客さんを待つ時代ではなく、「訪問歯科」が増えているようです。
しかも、聞くところによると、顧客は増える一方だとのことです。
じゃあ「訪問美容(出張美容)」も増えるのでは?
そうなんです。「ヘアカット」は誰もが定期的に行う必要があるものです。
リズムよくヘアサロンに通えているうちはいいのですが、一度ペースが崩れると足が遠のいてしまうものです。
例えば、高齢者の方は転倒によって骨折し、外出ができなくなってしまうことは非常に多いのです。
そんなときに「訪問美容(出張美容)」があれば助かるという方はたくさんいます。
訪問弁護もある時代!
実は「自宅に訪問する弁護士」も増えているのです。
例えば、破産をしたいけれど身体が不自由で法律事務所に行けないという方はかなり多くなっている印象です。
(通常、破産は裁判所に行かなければならないのですが、事情があっていけない場合は出頭が免除されるので、家にいたままでも破産ができるのです)
そんなわけで、食事の宅配だけでなく、訪問歯科、訪問弁護のように「訪問」自体の絶対数が増えている時代ですから、「訪問美容」も需要があるのです。

法律上の制約
弁護士は自宅を訪問する上で法律上の制約はありません。
これに対して、訪問美容は「原則として」できません。
みなさんは美容師法のあの条文を覚えていらっしゃいますか?
美容師法7条です。
美容師法7条(美容所以外の場所における営業の禁止)
美容師は、美容所以外の場所において、美容の業をしてはならない。ただし、政令で定める特別の事情がある場合には、この限りでない。
このように、美容師法では訪問美容が認められるのは「特別の事情」がある場合だけです。
詳細は美容師法施行令4条に定めがあります。
美容師法施行令4条(美容所以外の場所で業務を行うことができる場合)
美容師が法第七条ただし書の規定により美容所以外の場所において業を行うことができる場合は、次のとおりとする。
➀疾病その他の理由により、美容所に来ることができない者に対して美容を行う場合
➁婚礼その他の儀式に参列する者に対してその儀式の直前に美容を行う場合
➂前二号のほか、都道府県(地域保健法(昭和二十二年法律第百一号)第五条第一項の規定に基づく政令で定める市(以下「保健所を設置する市」という。)又は特別区にあつては、市又は特別区)が条例で定める場合
つまり、「特別の事情」は
①疾病その他の理由で美容所に来られない人に美容を行う場合
②婚礼その他の儀式に参列する者に儀式の直前に美容を行う場合
③条例で定めてある場合
です。
①は、「その他の理由」とあるので、病気だけでなく、寝たきりや障害の場合も含みます。介護をしていて家を空けられない人も含まれます。
②は、結婚式などの「ちゃんした儀式の日」じゃないとダメです。フォトウェディングはダメなのは国家試験でもよく出るので有名な話ですね。
③は、都道府県や大きな市ごとの条例によって違うので注意が必要です。

※(注)①についての詳細
①については、平成28年3月24日に厚生労働省から「生食衛発0324第1号」という通達が出ておりますが、正確には以下のようになっています。
(1) 疾病の状態にある場合のほか、骨折、認知症、障害、寝たきり等の要介護状態にある等の状態にある者であって、その状態の程度や生活環境に鑑み、社会通念上、理容所又は美容所に来ることが困難であると認められるもの
(2) 自宅等において、常時、家族である乳幼児の育児又は重度の要介護状態にある高齢者等の介護を行っている者であって、その他の家族の援助や行政等による育児又は介護サービスを利用することが困難であり、仮に、自宅等に育児又は介護を受けている家族を残して理容所又は美容所に行った場合には、当該家族の安全性を確保することが困難になると認められるもの
さらに、これについては上記の通達をカバーする通知をも出ているので、訪問美容・出張美容を考えている方はしっかり検討しておく必要があります。
>> 理容師法施行令第4条第1号及び美容師法施行令第4条第1号に基づく出張理容・出張美容の対象について
サロン側で「メンタルの病気も『疾病』なのだから、生食衛発0324第1号の(1)に該当する」と大々的に宣伝してしまうのは少しリスクがあります。
メンタルの病気は、たしかに「疾病」ではあるものの、確定的な診断がなければ「疾病」にはなりません。
生食衛発0324第1号の(1)は、内容的に高齢で動けない方を中心に念頭に置いていると思われるので、安易に広く解釈するのは拡大解釈になってしまうということですね。
(2)も、「介護(や育児)をしていればOK」というわけではありません。常時介護(や育児)をしている上、他に介護(や育児)ができる家族がいない場合です。あくまでも「介護(や育児)があるから家を離れられない人」ということです。
出張美容において気をつけること
①「条例は県や市によって違う」ということです。
例えば、東京都では、「山間部等の美容所のない地域」であれば訪問美容はOKとされていますが、神奈川県ですとこの条例の定めはないのでダメです。
これに対して、神奈川県では「港に停まっている船の乗組員」であれば訪問美容はOKとされていますが、東京都ですとこの条例の定めはないのでダメです。
また、和歌山県などは災害に備えて「避難所において被災者に対して理容又は美容を行う場合」であれば訪問美容はOKとしています。
このように➀と➁は全国共通なのですが、➂の条例は県によって内容が変わるので、ある県では「OK」でも別の県では「ダメ」となることがあります。
これに違反すると業務停止になってしまうので注意が必要ですので、よく確認しましょう。
(検索すればすぐに出てきます)
②「訪問美容に損害保険がカバーされるか」を確認すること
前回、損害保険について解説をさせていただきました。
サロンの損害保険が「訪問美容」の場面でも補償の対象になるのかは要確認かと思います。
例えば、損害保険によっては「サロン内の事故でしか補償しない」というものもあり得ます。
今は訪問美容の数が少ないため、明確にこのあたりの切り分けがされているわけではないかもしれませんが、今後、訪問美容の数が増えてくれば「訪問美容の有無」で保険料が変更になるかもしれません。
ですので、訪問美容を行うことにする場合には、加入している損害保険会社に確認を取るのがいいでしょう。
さいごに
訪問美容について説明しました。
AIが参入しづらいのが美容業界の強みですが、新しい分野を開拓する精神も持っていただけると嬉しいです。
さて、次回もよろしくお願いします!

松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士)
