【サロン六法】50.有給休暇の時季変更権その2

経営・業界動向
【サロン六法】50.有給休暇の時季変更権その2

弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。

第50回は前回に引き続き、有給休暇の時季変更権を取り上げます。

美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!

「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

松本隆弁護士( 横浜二幸法律事務所)

こんにちは!弁護士の松本隆です。

この連載では「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、あえて内容をシンプルにしてお送りしています。

事例から見てみましょう。

私はXサロンの経営者でAといいます。従業員が「有給休暇を直前になって承認しなかったのはおかしい」と言ってきており、困っています。

従業員の美容師Bは1月10日ごろに「2月9日に有給休暇を取りたい」と言ってきました。

私は「2月9日は日曜日で忙しい日だからなぁ」と思っていたので、認めるとは言わないでいました。

すると、6日前2月3日にうちのXサロンに普段よりもたくさんの予約が入ってしまったのです。

この日は他の美容師も全員出勤日のため、代わりに出勤する美容師はいませんでした。

そのため、私は5日前2月4日に「2月9日の有給休暇は承認できない」と伝えたのです。

これはいけないことだったのでしょうか?

有給休暇の時季変更権の法律知識。弁護士が解説する連載「サロン六法」、美容室の法律。

有給休暇の時季変更権のおさらい

有給休暇の基本的な話については第11回の記事を、有給休暇の時季変更権の話は第49回の記事をご参照下さい。

今回は時季変更権に関する裁判例を見てみたいと思います!

裁判例は、令和6年2月28日の東京高等裁判所の判決(Westlaw Japan文献番号2024WLJPCA02286003)です。

JR東海の新幹線の乗務員(運転士)の裁判です。

【事案の概要】

・JR東海では、勤務日の5日前に発表される勤務指定表を見て有給休暇が認められるかを確認するという運用でした。

つまり、5日前まで有給休暇が決まらないということです。

・乗務員のXさんたち(6人)は、前の月の20日までには有給休暇を申請していたのですが、JR東海は、直前の5日前に時季変更権を使って有給休暇を取らせなかったのです。

・Xさんたちは、これは債務不履行(労働契約の約束違反)だとして損害賠償請求をしました。

有給休暇の時季変更権の法律知識。弁護士が解説する連載「サロン六法」、美容室の法律。

一審の地方裁判所は、Xさんたち(6人)に対して54万円の損害があるとして請求を一部認めました(Xさんたちの請求額は195万円)。

しかし、二審の高等裁判所の裁判官は、これをひっくり返しました。

つまり、Xさんたち(6人)の請求は認められないとしたのです。

①時季変更権の時期が合理的期間を超えていたか

まず、1つ目は、「勤務日5日前に時季変更権を使っていたけど、もう少し早くに判断できたのではないの?」という問題についてです。

裁判所は、

新幹線は東京・名古屋・大阪を結ぶ大規模な高速の輸送手段であり、需要に応じた新幹線を走れるようにすることが会社の使命として社会に強く期待されていた

乗務員の仕事は専門性が高く特別の資格が必要とされており、運転士は約10カ月の養成期間が必要で、柔軟・迅速な補充は難しい

・1列車に運転士1名と車掌3名の合計4名が必要で、1名でも欠けると運行できない

・新幹線の臨時列車の本数は月0~80本と幅があり、予測は困難だった

等の事情を考慮すると、会社が勤務日の5日前に時季変更権を使ったとしても、判断するのに必要な合理的期間を超えてはいない(つまり、5日前の判断になってもしょうがない)ので、債務不履行(労働契約の約束違反)はないと判断しました。

有給休暇の時季変更権の法律知識。弁護士が解説する連載「サロン六法」、美容室の法律。

②配慮義務に違反していないか

2つ目は、「会社が時期指定権を使うときには従業員に配慮する義務があるけど、それに違反するんじゃないの?」という問題についてです。

裁判所は、

・会社が「通常の配慮」をして代わりの人を確保して変更することができたのにしなかった場合は違法になる

乗務員の養成には運転士だと約10かかるため、乗務員の人数を列車本数に連動させるように臨機応変に増減させることは難しい

ピーク時に必要とされる乗務員数合わせて配置をしようとすると乗務員が多すぎる結果になってしまう

等の事情を考慮すると、会社が「通常の配慮」をしたとしても代わりの人を確保して変更できなかったので、債務不履行(労働契約の約束違反)はないと判断しました。

有給休暇の時季変更権の法律知識。弁護士が解説する連載「サロン六法」、美容室の法律。

美容室をはじめとするサロンでは?

今回のⅩサロンの経営者のAさんは、有給休暇を取りたいと言った5日前2月4日に「2月9日の有給休暇は承認できない」と伝えています。

JR東海の裁判例をもとにすると、同じように問題ないと考える人もいるかもしれません。

たしかに、

美容師は専門職ですので、養成に10カ月どころか数年かかることもある

という意味では裁判例に似ている面があります。

しかし、

新幹線はたくさんの人を運ぶという社会的使命があるけれど、美容室にはそのような使命はない

・新幹線の臨時列車はイベントが起こったら対応しなければいけないけれど、美容室のお客さんには予約を調整することができる(例:連絡をして日程変更のお願いをする)。

という意味では、Ⅹサロンの経営者のAさんが5日前にした時季変更権の行使は違法とされる可能性が高いといえるでしょう。

有給休暇の時季変更権の法律知識。弁護士が解説する連載「サロン六法」、美容室の法律。

さいごに

有給休暇の直前になって時季変更権を使うと、従業員に反発を受ける可能性も高いので、基本的には控えるのがいいと思います。

さて、次回もよろしくお願いします!

松本隆弁護士( 横浜二幸法律事務所)

松本 隆

弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー

早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。

横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115

監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士)

AD(NAKAGAWA)

関連キーワード

注目キーワード

新着記事一覧   トップページ  
Top