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弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。
第49回は「有給休暇の時季変更権」です。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
目次
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

こんにちは!弁護士の松本隆です。
この連載では「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、あえて内容をシンプルにしてお送りしています。
事例から見てみましょう。
私はXサロンの経営者でAといいます。今回の相談は、「従業員の有給休暇の時期を変えたい」という相談です。
従業員の美容師Bが「有給休暇は土曜と日曜に取りたい」と言ってきます。
しかし、土日はお客さんも毎週多いですし、他に代わりの美容師がいるわけでもありません。
その状況で有給休暇を取られると私が稼働するしかなく、経営者としては苦しいものがあります。
聞くところによると会社側には「時季変更権」というものがあって、有給休暇の日を指定できるみたいですが、どういうときに変更ができるものなのでしょうか?
有給休暇は土日に使っていけないというルールを作ってもいいのでしょうか?
有給休暇の時季変更権って?
有給休暇の基本的な話については第11回の記事をご参照下さい。
>> 【ヘアサロン六法】11.有給休暇 -美容室経営者の法律相談
今回はサロンの経営者の方からよく質問を受ける「時季変更権」を見てみましょう。
労働基準法39条5項(時季変更権)
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
「事業の正常な運営を妨げる場合」と言えれば「有給休暇は別の日にしてよ!」と言うことができますが、具体的には、以下の考慮要素を総合的にみて判断します。
①事業所の規模が大きいかどうか
②業務内容が特殊かどうか
③繁忙期かどうか
④代わりの従業員の確保が難しいかどうか
⑤有給休暇を申請した従業員が他にいるか
⑥有給休暇の日数が長いかどうか など
①~⑥以外にもありますが、多くの場合はこれらの要素が考慮されます。
考慮要素を見てみよう!
①~⑥のすべてを考慮するので1つだけ該当すればいいというものではありませんが、1つ1つ見ていきましょう。
①事業所の規模が大きいかどうか
ⓐ規模が大きければ代わりの従業員が見つかりやすい → 時季変更権は「認められない」方向に傾く
ⓑ規模が小さければ代わりの従業員が見つかりにくい → 時季変更権は「認められる」方向に傾く
ですので、小規模のサロンであれば、経営者に有利になります。
②業務内容が特殊かどうか
ⓐ特殊な業務内容でないならば出勤する他の従業員ができる → 「認められない」方向に傾く
ⓑ特殊な業務内容であれば他の従業員にはできない → 「認められる」方向に傾く
ですので、従業員の業務が特殊であれば、経営者に有利になります。
(そういう意味では、美容室では「スタイリスト」よりも「アシスタント」の方が有給休暇を取りやすいかもしれません)
③繁忙期かどうか
ⓐ繁忙期でなければ従業員はそこまで必要ではない → 「認められない」方向に傾く
ⓑ繁忙期であれば1人でも多くの従業員が必要になる → 「認められる」方向に傾く
ですので、繁忙期であれば経営者に有利になります。
ただし、「うちはいつも忙しいから時季変更権は常に認められる」という主張は認められません。
(そんなこと言ったら永遠に有給休暇が取れませんからね…)
④代わりの従業員の確保が難しいかどうか
ⓐ代わりの確保ができるならば営業に支障が出にくい → 「認められない」方向に傾く
ⓑ代わりの確保が難しいならば営業に支障が出やすい → 「認められる」方向に傾く
ですので、代わりの従業員の確保ができない場合には経営者に有利になります。
なお、「人材派遣会社を使うとお金がかかるから使いたくない。だから、代わりの従業員の確保はできない」というのはただの言い訳ですので認められません。
⑤有給休暇を申請した従業員が他にいるか
ⓐ同じ日に有給休暇を取る従業員がいない場合、代わりの従業員はいる → 「認められない」方向に傾く
ⓐ同じ日に有給休暇を取る従業員がいる場合、代わりの従業員がいない → 「認められる」方向に傾く
ですので、同じ日に有給休暇を取る従業員がいればいるほど、経営者に有利になります。
⑥有給休暇の日数が長いかどうか
ⓐ有給休暇の日数が短ければ、会社にかかる負担は小さい → 「認められない」方向に傾く
ⓐ有給休暇の日数が長ければ、会社にかかる負担は大きい → 「認められる」方向に傾く
ですので、有給休暇の取得日数が長いほど、経営者に有利になります。
ちなみに、退職の際は有給休暇の消化をするために取得日数が多くなっても仕方がないので時季変更権は認められにくいです。
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時季変更権を使うときは紙で出さないといけないの?
特に書面で時季変更権を使わなければならないというルールはないので、口頭でも構いません。
ただ、言った・言わないの水かけ論にならないよう書面を出すのが理想ですが、少なくともメールやメッセージで送るようにして履歴を残しましょう。
ちなみに、時季変更権を使うときには「●●という理由で●年●月●日の有給休暇は承認できませんので時季変更権を行使します。有給休暇の取得日を変更をして下さい。」という形で伝えるのがよいでしょう。
会社側で変更する日を指定する必要はありません。
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「理由」を確認してはいけないけれど申請用紙を作ってみる
有給休暇は、どういう理由で取得しても構いません。
体調不良のこともありますし、親族の結婚式の場合もあるでしょう。
単純に遊びに行きたいという場合でもいいのです。
経営者としては「遊びに行きたいなんて理由で有給休暇を取るなんて何事だ!」と思われるかもしれませんが、理由に干渉してはいけないということです。
ただ、有給休暇の申請用紙(理由を書いてもらう)を出させているサロンはありますし、任意に理由を書いてもらう分には問題ありませんので、そのようにしてもいいかもしれません。
(「理由の欄が空欄だから有給休暇を取らせない」というのはダメですので気をつけて下さい)
前もって有給休暇の申請してもらうようにしましょう!
ここまで見てきたように、時季変更権は経営者のみなさんが思っているほど使い勝手がよいものではありません。
とはいえ、経営者としては「有給休暇を事前に知っておきたい」と思うでしょうから、「有給休暇は●日前までに申請する」という「事前申請のルール」を作ることはしてもよいと思います。
(目安としては、数日前~1週間前程度がよいでしょう)
事前申請のルールは労働者の不利益となってしまう可能性があるので、就業規則に明記しましょう。
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さいごに
今回の経営者Aさんの質問に答えると、有給休暇の時季変更はちゃんとした理由があるときしかできず、「土日は有給休暇を使っていけない」というルールを作ることはできない、ということになります。
時季変更権は意外と表面的にしか知られていない話なので、是非とも知っていただきたいところでした。次回の後編もよろしくお願いします!
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松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士)
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