弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。
第44回はカスタマーハラスメントを取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
目次
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」
こんにちは!弁護士の松本隆です。
2025年もよろしくお願いいたします。
<ご報告>
以前、「親の虐待」の冤罪に関する記事を書かせていただきました。
>> 36.冤罪多発!親が虐待の疑いをかけられる?(サロン六法)
予想通り、今西さんの事件は第2審の高裁(2024年11月28日)で「無罪」となりました。
今後、最高裁判所で検察が争っていくようですが、無罪となる可能性の方が高いでしょう。
(以上、ご報告終わり)
さて、第44回は「カスタマーハラスメントから従業員を守ろう!(導入)」です。
私はXサロンの経営者です。
今回の相談は、従業員の美容師Yにキツく当たるAさんというお客さまの話です。
そのAさんというお客さまはもう何年も通っていらっしゃる常連なのですが、なぜか従業員のYには「あんたのシャンプーは気持ち良くない」「礼儀がなっていない」と言うなど口調が強いのです。
これはカスタマーハラスメントになるのでしょうか?
「お客さまは神さま」という言葉は時代遅れ?
客の迷惑行為のことをカスタマーハラスメント(カスハラ)というのですが、昨年12月、厚生労働省は企業に対策を義務づける方針を決めました。
今年の国会で法案として提出される見通しです。
(令和7年1月の時点では、まだ法律の名前はわかりませんが、パワハラ防止法があるので、「カスハラ防止法」かもしれませんね。)
そして、東京都は一足早く、令和7年(2025年)4月に「カスハラ防止条例」を施行することになっています。さすが東京都、早い!
昨年12月にガイドラインが発表されたので、見てみましょう。
ちなみに、カスハラの法律ができれば全国に適用されますし、東京都以外の県も東京にならってカスハラ条例を今後作るので、東京以外の方にも関係がある内容です!
今回は「導入編」ですので、国会の法案が具体的になった段階でまた改めて解説する回を設けようと思います。
カスハラの具体例1~要求内容がおかしい~
東京都の「カスハラ防止条例」では、まずは要求内容がおかしなものをカスハラとして2つ挙げています。
①サービスに問題がないのにおかしい要求をするケース
•全く欠陥がない商品を新しい商品に交換するよう就業者に要求すること。
•あらかじめ提示していたサービスが提供されたにもかかわらず、再度、同じサービスを提供し直すよう就業者に要求すること。
出典:東京都「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(P.19、2025年12月25日公表)
例えば、ヘアサロンですと「オーダー通りのカラーをしたのに、色が違うと言われてカラーをやり直せ」と言われるような場合です。
ネイルサロンですと「オーダー通りのネイルにしたのに、イメージしていたものと違うと言われてやり直せ」と言われるような場合です。
提供したサービスに問題がないので明らかに不当な要求です。
今後はカスハラ条例を盾にお断りするのがよいでしょう。
②サービスに関係ないものを要求するケース
•就業者が販売した商品とは全く関係のない私物の故障等について就業者に賠償を要求すること。
•就業者が販売する商品とは全く関係のない商品を販売するよう要求すること。
出典:前出のガイドライン(P.19)
例えば、ヘアサロンですと「カットが満足いくものではなかったので、次回はカラーをサービスしろ」と言われるような場合です。
①のケースと違って、実際にカットがうまくいかなかったという場合です。
申し訳なさからサービスをつけてしまいたくなりますが、カットの話とカラーの話は別なので、このように関係ないサービスを要求されたらカスハラ条例を盾にお断りしましょう。
カスハラの具体例2~おそろしいことをする顧客たち~
これらは、刑法の暴行罪、傷害罪、強要罪、脅迫罪などに該当する可能性があるので「事件」レベルのものです。
①就業者への身体的な攻撃
•就業者に物を投げつける、唾を吐くなどの行為を行うこと。
•就業者を殴打する、足蹴りを行うなどの行為を行うこと。
出典:前出のガイドライン(P.20)
さすがにこんな顧客はほとんどいないかもしれませんが、論外です。
警察に通報しましょう。
②就業者への精神的な攻撃
•就業者や就業者の親族に危害を加えるような言動を行うこと。
•就業者を大声で執拗に責め立て、金銭等を要求するなどの行為を行うこと。
•就業者の人格を否定するような言動を行うこと。
•多数の人がいる前で就業者の名誉を傷つける言動を行うこと。
出典:前出のガイドライン(P.20)
①ほどではないにしろ、やはり論外です。
こういうことになった場合に備えて、防犯カメラがあるとよいかもしれません。
③就業者への威圧的な言動
•就業者に声を荒らげる、にらむ、話しながら物を叩くなどの言動を行うこと。
•就業者の話を遮るなど高圧的に自らの要求を主張すること。
•就業者の話の揚げ足を取って責め立てること。
出典:前出のガイドライン(P.20)
これは「あり得るレベル」の話です。
「話の揚げ足を取って責め立てる」の例は、最初はこちらが「対応できない」と回答していたけれど、後になって「やっぱり対応します」と言ってあげたとたんに、顧客から「なんで話が変わるのか?」「最初からできたんじゃないのか」みたいなことを言われるような場合です。
④就業者への土下座の要求
•就業者に謝罪の手段として土下座をするよう強要すること。
出典:前出のガイドライン(P.20)
さすがにサロンの顧客で土下座を要求する人はいないかもしれません。
東京都が「土下座要求はカスハラだ!」とはっきり宣言したので、全国的にも「土下座の要求=カスハラ」とする流れになる気がします。
⑤就業者への執拗な(継続的な)言動
•就業者に対して必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を繰り返すこと。
•就業者に対して何度も電話をして自らの要求を繰り返すこと。
出典:前出のガイドライン(P.21)
これもない話ではないですね。
電話が何度もかかってくると美容師さんたちは業務ができなくなりますから「威力業務妨害罪」等が成立します。
⑥就業者を拘束する行動
•長時間の居座りや電話等で就業者を拘束すること。
•就業者に店舗等から退去するように言われたにもかかわらず、正当な理由なく長時間にわたって居座り続けること。
•就業者を個室等で拘束し、長時間にわたって執拗に自らの要求を繰り返すこと。
出典:前出のガイドライン(P.21)
特に、「長時間の居座り」はあり得ますね。
他のお客さまにとっては迷惑にもなりますし、中には「今後はこのお店に来るのはやめておこう」と思うお客さまも出てくるかもしれません。そうすると損害ですよね。
「不退去罪」ということで警察に通報するのも1つかもしれません。
また、個室の拘束は「監禁罪」です。個室ではなく「車の中に入れられて拘束される」という場合も監禁罪になります。
そうそうあることではないですが、是非とも知識として知っていただたいところです。
⑦就業者への差別的な言動
•就業者の人種、職業、性的指向等に関する侮辱的な言動を行うこと。
出典:前出のガイドライン(P.21)
例えば、ハーフやクオーターの美容師さん(私が教えている美容師の専門学校にもたくさんいます)に対して、肌の色の違いなどを理由に侮辱をすることはこれに当たります。
「名誉毀損罪」や「侮辱罪」にもなり得ます。
名誉毀損罪と侮辱罪の違いについてはこちらの記事をどうぞ!
⑧就業者への性的な言動
•就業者へわいせつな言動や行為を行うこと。
•就業者へのつきまとい行為を行うこと。
出典:前出のガイドライン(P.21)
わいせつな言動や行為は「セクハラ」でもあり、「カスハラ」でもあるということですね。
つきまとい行為は「ストーカー規制法違反」ですが、意外と「つきまとい」が何なのか知らない方が多いです。
ストーカー規制法の記事もありますので、興味がある方はどうぞ!
⑨就業者個人への攻撃や嫌がらせ
•就業者の服装や容姿等に関する中傷を行うこと。
•就業者を名指しした中傷をSNS等において行うこと。
•就業者の顔や名札等を撮影した画像を本人の許諾なくSNS等で公開すること。
出典:前出のガイドライン(P.21)
特に、3つ目の話が重要です。
何か事件があると、犯人の顔写真や名前をX(旧ツイッター)やインスタグラムなどのSNSに載せる方が結構いるのですが、逆に危ない行為なんです。
もしサロン側の対応に落ち度があったとしても、顔写真や名前を載せることで名誉毀損罪になる可能性が高くなるのです。
サロンとしてはこのようなことがあった場合には、従業員の美容師さんたちを守るためにすぐに毅然とした行動(発信者情報開示請求、削除するための措置)を取りましょう。
カスハラの具体例3~丁寧なカスハラでもちょっとやりすぎなケース~
①過度な商品交換の要求
•就業者が提供した商品と比較して、社会通念上、著しく高額な商品や入手困難な商品と交換するよう要求すること。
出典:前出のガイドライン(P.22)
顧客が何かこちらの落ち度を指摘してきた上で、サロンに置いてある高額な美容系の商品を要求してくることはあるかもしれません。
東京都の「カスハラ防止条例」ではこれはカスハラとされています。
②過度な金銭賠償の要求
•就業者が提供した商品・サービスと比較して、社会通念上、著しく高額な金銭による補償を要求すること。
出典:前出のガイドライン(P.22)
顧客が何かこちらの落ち度を指摘してきた上で、高額な施術(カット、カラー、パーマすべてを無料にする)を要求してくることはあるかもしれません。
これもカスハラです。
③過度な謝罪の要求
•就業者に正当な理由なく、上司や事業者の名前で謝罪文を書くよう要求すること。
•就業者に正当な理由なく、自宅に来て謝罪するよう要求すること。
出典:前出のガイドライン(P.22)
「お前じゃ話にならないから責任者を呼べ」みたいな話はよくありますが、そこまでならまだしも、謝罪文の要求や自宅に来て謝罪しろというのは東京都カスハラ防止条例ではカスハラに認定されることになりました。
④その他不可能な行為や抽象的な行為の要求
•就業者に不可能な行為(法律を変えろ、子供を泣き止ませろ等)を要求すること。
•就業者に抽象的な行為(誠意を見せろ、納得させろ等)を要求すること。
出典:前出のガイドライン(P.22)
「誠意を見せてくれよ」という言葉はドラマでもよく聞きますが、実際でも使われるセリフです。
一生懸命謝れば誠意を見せたことになるのか、お金を払えばいいのか、抽象的でわからないということで、東京都カスハラ防止条例ではカスハラに認定されることになりました。
サロンの経営者は何をする?
パワハラ防止法でも話をしておりますが、同じように
・経営者や従業員が知識を深める
・カスタマーハラスメントの指針の作成
・相談窓口の設置
・研修の実施
・マニュアルの作成
などが必要になってきます。
パワハラやセクハラについて整備しているサロンはそこに加えておけばよいでしょう。
まだ、パワハラやセクハラについての整備ができていないサロンは、そろそろ着手して下さい。
>> 3.パワハラ防止法・後編(サロン六法)
※会社のすべき対応が載っています。
さいごに
年明け1回目は「カスハラ」をご紹介しました。
ちなみに、三重県の桑名市のカスハラ条例も東京と同じで4月からですが、カスハラをした人の「氏名の公表」も盛り込まれています(これは結構すごいことです…)。
パワハラ、セクハラ、マタハラなど、どんなものにもハラスメントがつく時代ですが、経営者の方々は時代に遅れずに勉強をしていくことが求められます。
弁護士を会社に呼んで研修するのも手ですよ!
2025年も素敵な年になりますことを祈っております。
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子