子どもを虐待していると疑いをかけられたらどうしたらよいでしょう?
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第36回は、幼児虐待の冤罪について取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
目次
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」
こんにちは!弁護士の松本隆です。
第36回は「冤罪多発!親が虐待の疑いをかけられる?」です。
事例から見てみましょう。
私はサロンの経営者なのですが、子どもが生まれ幸せに暮らしていました。
ある日、子ども(3歳)が自宅で転倒してしまい、様子がおかしかったので、病院に連れていったのですが、なんと病院が「虐待の疑いがある」ということで警察や児童相談所に通報をしたのです。
結果として、子どもは児童相談所に一時保護されてしまい、私は傷害の容疑で警察から取調べを受けています。
私たち家族は誰も虐待なんてしていません。こんなことがあるのでしょうか?
親の虐待のニュース、見たことありますか?
2024年9月、死刑判決を受けていた袴田巖さんは再審で「無罪」となり、同年10月に確定しました(袴田事件)。
ところで、親が子どもを虐待したニュースで、親の顔写真を見ながら「なんてひどい親だ」と思ったことはありませんか?
でも、実は、これまでのニュースの中に「冤罪」が含まれていることはご存知ですか?
「子どもが転倒するだけで虐待なんてバカバカしい」と思いますが、現実には冒頭のような事例で逮捕される親がいます。
つまり、「小さい子の親御さんはみんな冤罪で逮捕される可能性がある」のです。
冤罪だと証明するためには数年かかるので、本当に大変です。
(私が今取り組んでいる事件も複数件ありますが、5~8年くらいかかっています)
海外では死刑判決まで受けてしまった方もいるくらいです。
今回は虐待と誤解されないために、子どもを持つ親の方には必見の記事です。
どうして冤罪が発生するの?
それは厚生労働省が作ったマニュアルです。
わかりやすく言い換えますが、2013年作成の「子ども虐待対応の手引き」というマニュアルには
子どもに①硬膜下血腫、②眼底出血、③脳浮腫の症状がある場合に、親が「家で転倒した、転落した」「原因不明」と言って病院に来たら、SBS(揺さぶられっ子症候群)の虐待を親がしたと第一に考えろ」と書いてあります(この考えを「SBS仮説」といいます)。
一番最初に知ってほしいのは、「このマニュアルは間違っていた」ということです。
子どもは血管が切れやすい等の事情があるので、転倒しただけでも①②③の症状は起きるのですが、国はこの点を見落としていたのです。
現に、2014年、スウェーデンの最高裁判所は、SBS仮説(①硬膜下血腫、②眼底出血、③脳浮腫の症状がある場合に親が虐待したというもの)は根拠がないとして逆転無罪判決を出しています。
99.9%有罪になる日本で無罪判決が10件以上連続…!!
日本では、刑事裁判で99.9%有罪になると言われています。
つまり、検察官は「間違いなく有罪になる事件」しか裁判にしません。
しかし、「このマニュアルはおかしい!」と立ち上がった弁護士、大学教授、医師らが協力し、冤罪の親御さんの弁護を精力的に行った結果、2018年以降「揺さぶり」の虐待事件では無罪判決が連続します。
2018年 3月 「偶然の事故の可能性がある」(大阪地裁)
2018年11月 「SBS(揺さぶられっ子症候群)とは断定できない」(大阪地裁)
2019年 1月 「SBSの根拠は不十分である」(大阪地裁)
2019年10月 「病死の可能性がある」(大阪高裁)
2020年 2月 「窒息や落下の可能性がある」(大阪高裁)
2020年 2月 「原因が確定できない」(東京地裁立川支部)
2020年 3月 「第三者による暴行の可能性がある」(大阪高裁)
2020年 9月 「ソファから転落した可能性がある」(岐阜地裁)
2020年12月 「自転車の振動で静脈が切れた可能性がある」(大阪地裁)
2021年 5月 2020年2月の東京地裁立川支部の判断を維持(東京高裁)
2022年12月 「遺伝子変異があり、死因が窒息死と断定できない」(大阪地裁)
2023年 3月 「先天性の病気があり、軽微な力で傷害になった可能性がある」(大阪地裁)
こんなにも無罪判決が続くということは、SBS仮説が間違っていることは明らかなのです。
無罪判決が出ると思われる「今西事件」
2024年11月28日に今西貴大さんという方の虐待の刑事事件の大阪高裁の判決があります。
(一審の大阪地裁では「懲役12年」でした)
亡くなった女の子は今西さんの恋人のお子さんでしたが、女の子のお尻に傷があったことから性犯罪でも起訴されてしまったため、当初のニュースでは、今西さんは「連れ子を性的虐待したひどい人」という印象操作がされました。
「今西事件」の詳細はこちら
しかし、2024年7月、大阪高裁は今西さんの「保釈」を許可しました。
一審で懲役12年になっていて、無罪で争っているのに保釈するのは異例です。
今西さんは5年半も拘束されていました。
11月28日の判決が無罪になる可能性が高まっています。
虐待だと疑われないためには…
実は、2024年4月、冒頭にお話しした「子ども虐待対応の手引き」マニュアルからSBS仮説(①硬膜下血腫、②眼底出血、③脳浮腫の話)は削除されるに至りました。
これは本当に大きな進歩です。
ただ、これだけ無罪判決が続いても、医師の中にはいまだに虐待だと主張する人がたくさんいるのが実情です。
ですので、親御さんは安心できません。
(今でも親の虐待を疑う警察官や検察官が後を絶ちません…)
虐待だと疑われないためには
・可能であれば、何かあったときはかかりつけの病院に連れて行く
・子どもが転倒したときに動画で記録を残す(●月●日●時に転倒したなど)
・普段の子どもへの愛情を感じさせるような物を残しておく(育児日誌、夫婦間の連絡のやりとり、遊んでいる動画など)
などが考えられますが、愛情にあふれた育児日誌があっても疑われるときは疑われるので「絶対に大丈夫という対策はない」のが現状です。
さいごに
今回は意外と知られていない大きな社会問題を紹介させていただきました。
この問題を知っているだけでも心持ちは違うと思います。
お子様がいる経営者の方は普段の育児の際は子どもの転倒に気をつけてあげて下さい。
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子