従業員が裁判員裁判に選ばれたらどうしたらよいでしょう?
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第35回は、裁判員裁判について取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
目次
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」
こんにちは!弁護士の松本隆です。
第35回は「裁判員裁判って?従業員は行かせるべき?(後編)」です。
事例から見てみましょう。
私(Y)が経営するサロンの従業員のAさんは「5日間」裁判員裁判に行ったのですが、このためにAさんは有給休暇を与えるために必要な「全労働日の80%に出勤する」という条件を満たさなくなったので有給休暇を与えないことにしました。
Aさんからは裁判員裁判で休んだ分を計算に入れるのはおかしいと言ってきています。この場合、Aさんに有給休暇を与えなければいけないのでしょうか?
裁判員裁判に参加した人の感想は?
まずは、裁判所が令和6年3月に公表したアンケート(令和5年度 裁判員等経験者に対するアンケート調査結果報告書)を見てみましょう。
裁判員裁判に「選ばれる前の気持ち」は「積極的にやってみたい」(13.3%)と「やってみたい」(23.8%)をあわせて37.1%。
一方、「あまりやりたくなかった」(28.5%)と「やりたくなかった」(14.9%)をあわせて43.4%で、やりたくない気持ちの人が多いというものでした。また「特に考えていなかった」という人も2割ちかくいました。
ところが、「参加した感想」は、「非常によい経験と感じた」が65.0%、「よい経験と感じた」が31.5%で、実に「97%」の人がやってよかったと思っています。
裁判員裁判に参加したために有給休暇をもらえる条件を満たさなくなる?
今回の冒頭の質問ですね。
サロンがAさんに有給休暇を与える条件は「全労働日の80%以上出勤すること」です。
>> 【ヘアサロン六法】11.有給休暇 -美容室経営者の法律相談
では、出勤日数が80%ギリギリの従業員がいて、裁判員裁判に参加したために80%を切ってしまった場合、有給休暇を与えなければならないでしょうか?
例えば、4月1日に入社して、有給休暇を付与する基準日が10月1日だとします。
週休二日制で、この183日のうち53日が休日だとすると「全労働日」は「130日」です。
Aさんは130日の80%である「104日」出勤すれば有給休暇がもらえることになりますが、裁判員裁判に5日間参加してしまったので、「100日」しか出勤できなかったのです。
Aさんは「裁判員裁判に行かなければ104日出勤できたのに…」と思いますよね。
この場合、Aさんは有給休暇がもらえないということになるのでしょうか?
正解は…
有給休暇を「もらえる」です!
裁判員法は従業員に不利益を与えてはならないとしているので、裁判員裁判に参加した日は全労働日から除く扱いになります。
ですので、130日から裁判員裁判に参加した5日を引いた「125日」が全労働日となります。
125日の80%は「100日」ですので、Aさんは「全労働日の80%以上出勤すること」を満たすことになり、有給休暇がもらえるのです。
裁判員裁判、こんな事件がありますー①自白事件
犯罪を犯したこと自体については争わない事件を「自白事件」といいます。
(肌感覚ですが、事件の9割は自白事件です)
自白事件では有罪になることは決まっているので、量刑(刑をどのくらいにするか)を中心に話し合います。
例えば、強盗致傷事件で「盗みをした犯人が逃げるときに店員を突き飛ばしてケガをさせてしまった」というケースがあるとします。
(※窃盗だけなら「窃盗罪」で軽く済みますが、窃盗をした機会に人をケガさせると「強盗致傷罪」になり急に重くなってしまいます)
弁護人は、「被告人は犯行自体は争わないけれども、店員さんに示談金100万円を払ったので寛大な処分にしてほしい」という形で量刑が軽くなるような主張をします。
裁判員の方たちは、犯行態様、ケガの重さ、示談の金額、前科の有無などの事情を検討して、①刑務所に行くとしたら懲役何年にするか、②執行猶予にして刑務所に行かなくてもいいことにするかを話し合います。
裁判員裁判、こんな事件がありますー②否認事件
「否認事件」は犯罪が成立するかどうかを争う事件ですので、有罪か無罪かが問題となります。
被告人がすべて争うこともあれば、一部を争うこともあります。
例えば、すべてを争う場合は、最近の袴田事件のように、「殺人罪」のケースで、「そもそも自分は犯人ではない」という主張をします。
また、一部を争う場合は、「たしかに殴ったが殺すつもり(殺意)まではなかった」という主張(「殺人罪」ではなく「傷害致死罪」であるという意味)もあります。
殺意があるかは「心の中の問題」なのですぐにはわかりません。
そこで、殺意の有無は、凶器の種類やケガの部分、程度等で決めていきます。
例えば、凶器が包丁か果物ナイフか、凶器をどうやって持っていたか、どこを刺したか、深さはどのくらいか等の事実から、心の中で「殺そう」と思っていたかを推測していきます。
先日の裁判傍聴ツアーでは、恋人の女性が男性を果物ナイフで右胸や腹部を刺した事案を見ました。
女性に殺意はあるとされましたが、救急車をすぐに呼んだため被害男性が生きていたこと、300万円の被害弁償がされたこと等の事情から、殺人未遂罪が成立するものの、「懲役3年、執行猶予5年」とされ、刑務所行きにはならずに済みました。
(裁判員の方たちも悩んだことでしょう)
さいごに
従業員に人生経験を積ませるために裁判員裁判に行かせることは経営者としては必要なことかもしれません。
2回にわたり「裁判員裁判」についてお話させていただきましたが、私の一番の望みは経営者の皆さまに裁判を見に行ってみてほしいということです。
ニュースでも報道されない裏側も全部聞けるのが魅力です。
裁判所に入るのに入場料はかかりませんので是非一度でも行ってみていただけたら嬉しいです。
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子