従業員が逮捕された場合どうしたらよいでしょう?
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第32回は、従業員の刑事事件ついて取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」
こんにちは!弁護士の松本隆です。
第32回は「従業員が逮捕されたら…(前編)」です。
事例から見てみましょう。
ある日、私(X)が経営するサロンの従業員のAさんが突然出勤しなくなりました。
どうやら、Aさんは酔って人を殴って逮捕されたようです。
Aさんは美容師としても素敵ですし、何より大事な従業員なので、早く釈放されるように何かしてあげたいです。
どうしたらいいですか?
令和6年10月8日は裁判傍聴ツアーを開催しました。
今回は「刑事事件」を傍聴したのですが、
・「被害者参加事件」の被害者の方の心情・意見陳述の場面
・「性的姿態等撮影罪」(令和5年7月13日に施行されたばかり)の事件
・「裁判員裁判」(市民の方々が参加する裁判)の事件
など、興味深い裁判が多く、私自身も大変勉強になりました。
参加して下さった方々、ありがとうございました。
さて、今回はそんな刑事事件のお話です。
普段は縁がないと思いがちですが、身近なところで発生することもあるので知っていただけるとうれしいです!
逮捕されない場合もあるの?
多くの方は、刑事事件というと「手錠で逮捕される」イメージをお持ちです。
逮捕される事件は「身柄事件」といいます。
「逮捕」されると警察署にある「留置施設」というところに入れられ、その後「勾留」までされてしまうと合計20日以上もの間、拘束されて取調べを受けることになります。
当然、仕事にも行けない状態になります。
これに対して、逮捕・勾留されずに都合がつく日に取調べを受ける「在宅事件」というものもあります。
日常生活を送りながら警察や検察と予定を合わせた日に出頭すればいいので、有給休暇を使うこともできます。
軽微な事件であったり、身元がしっかりしていて逃亡しない場合であったりする等の条件を満たせば、在宅事件の扱いになります。
今回の従業員Aさんは逮捕されているので「身柄事件」ですね。
出勤できませんので、予約のお客さんの施術スケジュールにも影響してしまいます…。
身柄事件ですべきことは「示談」「被害弁償」!
刑事事件は、①被疑者段階と②被告人段階があります。
①被疑者段階は、身柄事件ですと「逮捕されてから勾留が終わるまで」の段階(在宅事件であれば起訴されるまで)の呼び名です。
実務では、逮捕が約2日、勾留が20日(基本は10日ですがほとんどの場合さらに10日延長されます)なので、逮捕されると多くの場合、約22日間は拘束されることになります。
ケースにもよりますが、もしこの期間内に「示談」や「被害弁償」ができれば、検察に示談・被害弁償をした証拠となる書面を提出すればすぐに釈放してもらえます(前科前歴がある場合や重い結果が発生している場合は除きます)。
②被告人段階は、22日が経過して、検察官が「起訴」(=裁判にすること)をした後の段階です。
この段階になってしまうと、裁判をすることは確定してしまいますので、示談・被害弁償をしても裁判が取り下げられるということはありません。
ですので、①の被疑者段階のうちに、つまり「逮捕されてから22日の間に示談・被害弁償ができるか」が重要になります。
経営者のXさんができることは・・・
もし経営者のXさんが本当に従業員の美容師Aさんのためにできることはしたい、ということであれば、いくつかあります。
例えば、
①Aさんに国選弁護人ではなく私選弁護人をつける
②国選弁護人のまま、示談金を貸してあげる
が考えられます。
以下、これらを見ていきましょう。
①Aさんに国選弁護人ではなく私選弁護人をつける
「国選弁護人」は、国の費用でついてくれる弁護士さんです。
「50万円以上の現金・貯金がない」のであれば、頼むことができます。
神奈川県で活動している私個人の感想になりますが、「国選弁護人のクオリティーは決して低くはない」と思っています。
たしかに、私選弁護人に比べると報酬は安いのですが、国選弁護人になった弁護士は示談をはじめ、しっかりがんばってくれるイメージがあります(これに対して、海外では国選弁護人は何もしてくれないというイメージが強い国もあるため、外国人の方からは私選でやってほしいという要望をよく聞きます)。
私選弁護人は、自分で費用を出してつける弁護士さんですが、費用がかかるだけあって、かなりきめ細かく対応してくれます。
費用のイメージは、着手金30万円~50万円、報酬金30万円~50万円です(事件によってはもっとかかることもあります)。
私選弁護人であれば、逮捕・勾留からかなり早期の段階で示談・被害弁償のために動いてくれるので、「一刻も早く釈放のために動いてほしい!」という場合にはオススメです。
私の経験ですが、「年末にどうしても外せない予定があって、あと数日のうちに示談をして釈放してほしい」という方から依頼があり私選弁護人になったことがあります。
依頼を受けてからなんとか3日で示談でき、スピード釈放できたことがありますが、本当にヒヤヒヤしました(示談金は相場の倍以上は払いました)。
②国選弁護人のまま、示談金を貸してあげる
私選弁護人の費用だけでも数十万円かかってしまいますが、今回のような「傷害罪」ですと被害者の方がいるので「示談」や「被害弁償」が必要です。
傷害罪の示談金額や被害弁償金額で多いのは、20~30万円かなと思います(弁護士12年目の個人の感想です)。
ただ、傷害罪が原因で仕事ができなくなってしまった、骨折をして入院をしてしまった等の事情があると、休業損害や治療費がふくらんでしまい、50万円、100万円ということもあるのでケースによります。
経営者のXさんとしては、「私選弁護人の費用までは出せないけれど、示談金30万円くらいなら出してあげたい(貸してあげたい)」と考えることがあるかもしれません。
その場合は、Aさんのご家族と連絡を取り(国選弁護人がご家族に連絡を取っていることが多いです)、示談金を出すという話を提案してみるのがよいでしょう。
さいごに
刑事事件を傍聴した方がおっしゃっていた話ですが、「テレビドラマや小説では観ることができないような現実を見た」というセリフが印象に残っています。
それでは次回に続きます!
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子