もしも突然、大家さんに「退去してほしい」と言われたら?
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第31回は、美容室の立ち退きと立退料について取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」
こんにちは!弁護士の松本隆です。
第31回は「退去してと言われたらどうする?立退料ってもらえるの?」です。
事例から見てみましょう。
私(X)は、ビルの1階をYさんから、期間「2年間」の「普通建物賃貸借契約」として借りて、サロンを経営しています。
更新時期が近づいてきたので、更新をしようと思っていたのですが、ビルのオーナーのYさんから「建物が老朽化したから退去してもらいたい」という連絡が来ました。
私(X)としては、急に退去してくれと言われても、やっと常連のお客さんがついてきたところですので、困ってしまいます。
仮に移転するにしても、お金がかかりますし…どうしたらいいのでしょうか?
第17回で「定期建物賃貸借」の話をさせていただきましたが、今回は立退料です。
オーナー(大家さん)に言われるままにサロンを移転したけれど、
「立退料の話がなかった」、
「ちょっとの金額でOKしてしまった」
という方は結構いらっしゃいます。
今回も経営者の方には、ぜひとも知ってほしい内容です。
「普通建物賃貸借」は強い!
第17回ではサロンの店舗を借りるときに「普通建物賃貸借」ではなく、「定期建物賃貸借(定借=ていしゃく)」で契約すると不利になってしまうという話をしました。
「普通建物賃貸借」は借りている側が有利で、希望すれば更新ができます。
例えば、2年間借りてみて、「あ、ここでしばらくサロンをやりたいな」となったとき、更新しようと思えばほぼ100%更新できることになります。
一方、定期建物賃貸借で契約すると更新ができなくなってしまいます。仮に更新できても賃料を大幅に上げられてしまうことも多いです。
店舗の契約をするときはよく考えて下さいね!
立退料って?
「定期建物賃貸借」の場合は、貸した期間が過ぎれば出て行かないといけない契約ですので、移転するときに立退料はもらえません。
しかし、「普通建物賃貸借」では、不動産のオーナーが更新を拒否する場合、裁判では「正当事由」が必要になるのですが、正当事由が認められるためには、相応のお金を払う必要があるのです。
そうです、これが「立退料」です。
要求しないと提示すらされないことも・・・
冒頭でも触れましたが、裁判になっていない状態ですと、こちらから立退料を要求しないとお金の話すら出てこないことがほとんどです。
素人の方は「普通建物賃貸借」と「定期建物賃貸借」の違いも知らないですし、どういう場合に立退料の話になるかもわかりません。
今の時代、こちらが最低限の知識をつけて、「アンテナを張っておくしかない」のです。
ですので、不動産のオーナーさんから「店舗の次回の契約は更新せずに終了したい」と言われたら「そんなことはできないはずだ!」「出て行ってあげてもいいけど立退料とかあるんじゃない?」と思い、弁護士に相談することをオススメします。
立退料がもらえたケース
立退料がいくらになるかはケースバイケースですが、例えば、毎月の賃料が20万円くらいでも立退料が2000万円になるケースはあります(経験談)。
せっかくですので、最新の裁判例(令和4~6年)をいくつかご紹介します。
裁判例①
【立退料の金額】
■ 不動産オーナー側
(当初)1400万円
(その後)1600万円
■ テナント側
いくらでも×(退去は拒否)
■ 判決
1600万円
【理由】
・古い建物にある理容室の事案(月額賃料7万5000円)
・オーナー側は、賃料差額補償(移転先の賃料が20万円とし、賃料差額を10万円として、相場の2倍の4年分として計算)として480万円※10万円×4年分、内装工事費の1.5倍の150万円、不動産仲介手数料・礼金等40万円、引越代等として100万円の合計770万円に、早期解決金として630万円を足した合計1400万円を提示し、その後1600万円を提示した。
・地震等により壊れるおそれがある危険な建物で建て替える必要性が高い。
・理容室の営業を継続する必要性は認められるものの、ここでなければ営業を継続できないとまではいえない。
・理容室の利用方法に契約違反があり、オーナーが賃貸借契約を終了させたいと考えるのも無理がなく、オーナーは立退料として十分な1600万円を支払う旨を提示している。
【参考】
東京地方裁判所・判決(令和5年1月17日)Westlaw Japan(文献番号)2023WLJPCA01178015
裁判例②
【立退料の金額】
■ 不動産オーナー側
1630万円
■ テナント側
8200万円
■ 判決
2100万円
【理由】
・駅から徒歩5分の繁華街にある飲食店(月額賃料28万5715円)
・裁判で鑑定をした結果を修正し、
①借家人補償(家賃の差額など) 854万円
②営業補償 484万7240円
③店舗内部の物の補償 649万1866円
④動産移転料 41万5000円
⑤移転雑費 63万8281円
合計2093万2387円≒2100万円が相当とした。
【参考】
東京地方裁判所・判決(令和6年2月16日)Westlaw Japan(文献番号)2024WLJPCA02166009
裁判例③
【立退料の金額】
■ 不動産オーナー側
5500万円
■ テナント側
不明
■ 判決
3058万円
【理由】
・6階建てのビルの1階にある居酒屋の事案(月額賃料20万2000円)
・裁判で鑑定の結果、損失補償額2550万円とした(①家賃補償約200万円、②営業補償約2040万円、③設備機器約310万円)
・その上で、さらに508万円を足して3058万円が相当であるとした。
【参考】
東京地方裁判所・判決(令和4年10月28日)Westlaw Japan(文献番号)2022WLJPCA10288023
裁判例④
【立退料の金額】
■ 不動産オーナー側
(当初)2億円
(その後)5億6161万円
■ テナント側
約50億円
■ 判決
6億2000万円
【理由】
・都内一等地のビルの4階にある病院の事案(月額賃料186万9777円)
・不動産オーナー側は、借家権価格、工作物補償額、営業休止補償額、移転料等の合計「5億6161万円」を立退料として提示しており数字も合理性がある。
・しかし、本件の病院が、富裕層の患者を対象に最先端の治療を提供している特別の事情があり、高額な医療機器を運搬するには専門的なサービスを利用する必要があり、移転先の内装工事も豪華なものとなるから相当な費用がかかる。
・病院側(テナント側)は、化粧品等の販売事業もしており住所表記を変更するためのラベルの張り替え作業の費用も生じる
・そこで上記の5億6161万円にさらに約10%上乗せするのが相当である。
【参考】
東京地方裁判所・判決(令和6年2月22日)Westlaw Japan(文献番号)2024WLJPCA02226006
一番最初の理容室の事案は1600万円ですから、それなりの金額ですよね。
(その理容室の経営者の方からしたら不満かもしれませんが…)
それにしても病院の立退料はビルの1フロアだけでも6億円にもなるのですね。
さいごに
立退料がいくらもらえるかはケースバイケースではありますが、弁護士に相談をして、「このくらいはもらえるのではないか」というあたりをつけておくのが望ましいです。
実際、弁護士によって予想する金額は違うので、複数の弁護士に相談することをオススメします。
少しでもこの記事が参考になれば幸いです。
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子