弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第25回は、今年4月に改正された「労働条件の明示ルール」について取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
目次
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」
こんにちは!弁護士の松本隆です。
第25回は「2024年4月改正、労働条件の明示ルール」です。
まずは事例から見てみましょう。
うちのXサロンは東京都内の新宿、原宿、上野に3店舗あります。
今回、Yさんという人を雇おうと思っています。
原宿で働いてもらう予定ですが、新宿と上野でも働いてもらう可能性があります。
仕事の内容は、最初は美容業務だけでもいいのですが、今後はSNSの更新もやってもらうことになるかもしれません。
あと、1年間ごとに更新する有期雇用で考えています。
うちのサロンは雇用契約書などは一切作っていないのですが、気をつけることは何ですか?
雇用契約にあたっては労働条件を明示しなければなりません!
Xサロンさん、雇用するときに「労働条件通知書」や「雇用契約書」を作っていないのですか?
それはよくないです!
今回はXサロンのような経営者の方にはぜひとも読んでいただきたい内容です。
労働基準法 15条(労働条件の明示)
1 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。 (以下、略)
労働基準法15条1項には、「労働契約の締結に際し」、つまり、「雇うとき」や「契約更新のとき」には労働条件を明示しないとダメだよ、と書いてあります。
これを受けて、労働基準法施行規則5条には明示すべき労働条件が書いてあります(条文は省略します)。
ちなみに、明示の方法は「原則、書面を渡す」ことです。
労働者が希望した場合に限って(経営者が希望しているだけではダメ!)、メールやSNS(LINEなど)で明示してもよいです(やり方はしっかり確認してください)。
さて、今回の2024年4月の改正ポイントは3つあります。
(すべての雇用契約)
1 「就業場所」「業務内容」は「変更の範囲」まで明示する (有期雇用契約)
2 更新に上限があるか、何回まで更新できるか明示する
3 無期転換申込機会の書面明示 & 無期転換後の労働条件明示
改正ポイント1 「就業場所」「業務内容」は「変更の範囲」まで明示する
「労働条件通知書」には労働条件を記載しなければならないのですが、改正されたのは「就業場所」と「業務内容」です。
2024年3月までは、雇用したときの「就業場所」と「業務内容」だけを書いておけばよかったのですが、2024年4月からは、就業場所と業務内容の「変更の範囲」まで明示することが必要になりました。
つまり、今回のXサロンの場合、就業場所は当初は「新宿」だけど、将来「原宿」か「上野」に変更される可能性があるよ、ということまで明示する必要があるということです。また、業務内容も、最初は美容業務だけでも今後はSNSの更新もやってもらうのであれば、「SNSの更新業務」を明示する必要があるということです。
これはすべての雇用契約に適用されるので、この連載を読んでいらっしゃる経営者の方はご自身のサロンの契約書を見直すタイミングです。
改正ポイント2 更新に上限があるか、何回まで更新できるか明示する
この改正は「有期雇用契約」、つまり、契約期間が決まっている場合の話です。
つまり、①更新に上限があるか、②あるとしたら何回まで更新できるかを明示する必要があります。
今回のXサロンは、1年間ごとの有期雇用契約で更新の上限は「ある」ということですが、例えば、「5回まで更新できる」「契約期間は通算5年まで」等というように明示しなければなりません。
ちなみに、もしも更新の上限を新しく設けたり、短縮したりする場合には、「理由を説明する義務」があります。
改正ポイント3 無期転換申込機会の書面明示 & 無期転換後の労働条件の書面明示
この改正も「有期労働契約」、つまり、契約期間が決まっている場合の話です。
無期転換とは、有期労働契約の更新が5年を超えた場合に、期限の定めがない労働契約(つまり「無期」労働契約)にチェンジできるシステムのことです。
例えば、1年ごとの有期労働契約を5年も続けていたら、労働者としては「無期になりたい!」と思うことが多いものです。5回の更新がされた後、6回目の更新の1年間は、「無期転換の申込期間」になるので、労働者が無期転換の申込をすると無期労働契約にチェンジできるのです。
今回の改正で、Xサロンは、労働者に「無期転換の申込の機会」を与えるために書面で明示しなければならない、ということになりました。
また、それだけでなく、無期に転換したのに労働条件が大きく変わってしまうと労働者の方が困ってしまうので、「無期転換後の労働条件を書面で明示すること」が必要です。
ちなみに、無期転換後の労働条件を決定する際には、他の正社員とのバランスを考えた事項の説明に努めることとされています。
この明示ルールの改正は、きちんと勉強しておかないと、足元をすくわれてしまうので、厚生労働省のページも見ておくのがよいと思います。
違反は罰金!
明示義務に違反すると30万円以下の罰金になる可能性があります(労働基準法120条1号、121条)。
美容師国家試験のときにも美容師法の30万円以下の罰金5つの場合は覚えましたよね(ちなみに、無資格、届出違反、検査確認なし、立入検査拒否、閉鎖命令無視の5つです)。
さいごに
今回は労働条件の明示ルールの改正でした。
意外と知らないうちに法改正がされていきますので、顧問弁護士さんが周りにいない方はぜひともこのサロン六法を今後もチェックしてくださいね!
松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子