【ヘアサロン六法】15.雇用と業務委託(後編) -美容室経営者の法律相談

特集・インタビュー
【ヘアサロン六法】15.雇用と業務委託(後編) -美容室経営者の法律相談

弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。第15回は「業務委託でも雇用と判断される?~裁判例から学ぶ労働者性の具体的なポイント(後編)~」です。

美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!

「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

松本隆弁護士( 横浜二幸法律事務所)

こんにちは!弁護士の松本隆です。

第15回は「業務委託でも雇用と判断される?~裁判例から学ぶ労働者性の具体的なポイント(後編)~」です。

「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、あえて内容をシンプルにしてお送りします。

後編は裁判例を見ます!

前編では、雇用契約と評価されるかどうかは、実際に使用従属関係がある中で労務の提供が行われているといえるかによって決まり、具体的には、

①仕事の内容面

(a)仕事の依頼に応じる自由があるか

(b)指揮監督があるか

(c)時間・場所の拘束があるか

(d)代替性があるか(替えがきくか)

②金銭面   

時間給、欠勤の控除、残業手当を与えているか

(指揮監督下に一定時間労務を提供したことに対する対価といえるか)

③その他の事情

を総合的に考慮して判断するという話を詳細に説明しました。

今回は名古屋地裁岡崎支部の裁判(令和3年9月1日)を参考にした事例を見ていきます。

【問題】

Xさんは、Y社に対して、「私はY社に雇用された社員であり、不当解雇だ」と訴えています。

Y社は、「Xさんとの間の契約は雇用契約ではなく、業務委託契約なので労働基準法は適用されない」と反論しています。

以下の事情がある場合、XさんとY社の関係は雇用契約、業務委託契約どちらでしょうか?

【事案の概要】

美容師Xさんはもともと個人事業主として美容業をしていました。XさんがY社の代表Zさんと交際したこともあり、Y社は、Xさんの店舗(以下「本件美容室」といいます。)の賃貸借契約を結んでくれました。Xさんは自分のシャンプー台や椅子などを本件美容室に持ち込みました。

・XさんはSNS(インスタグラム)に「美容室も移転させていよいよオープン。新しくサロンを始められるのも沢山の人に出逢えたおかげです。」と投稿しました。

・本件美容室ではXさん以外に、ヘアメイク、エステティシャン10人程度が働いていましたが、ヘアメイク業務については第三者に委託していました。

・Y社は、アプリで予約を管理するよう提案し、XさんはインターネットのアプリAを使用してY社と他のネイリストらとの間で予約状況が共有されていました。Xさんは、Y社に相談や報告をせず予約を受け付けていましたが、予約が入っていない時間帯には美容室におらず、仕事が終わった後はY社代表Zさんに断ることなく自由に退勤していました。

・Xさんは,Y社から毎月約20万円の給与の支払を受けていました。

・Y社代表者Zさんは、ある日、Xさんと口論となり、これまでに貸した資金などの返還を求めた上、荷物を全て店舗外に出すよう要求し、本件美容室の賃貸借契約の解除をしました。

・Xさんは、その後、貸しブース(シェアサロン)を借り、今までと同じ名前を用いて、カット等の美容業務を行いました。Xさんは、本件美容室のラインに「店舗移転に伴い、一時的に仮店舗のご案内です」というメッセージを記載しました。

雇用・業務委託後編(サロン六法・美容室経営者の法律相談)

さて、このようなケースの場合、XさんとY社の間の契約は雇用契約といえるのでしょうか?

雇用契約といえるなら、労働基準法の適用があるので、不当解雇かどうかが問題になります。

逆に、業務委託契約といえるなら、不当解雇は問題になりません。
 
結論として、裁判所は「業務委託」と判断しました。

裁判官が重視したポイントを見てみましょう。

※赤字の「松本コメント」というのは私の補足です。

【裁判所が重視した事情】

・①Xさんは美容室での業務でY社から指示を受けることなく、客の予約を受けるかも含めて自分の判断で行っていた。

(松本コメント:「仕事の依頼に応じる自由がある」ということで「業務委託」に傾く事情です)

・②勤務時間については予約が入っていないときは美容室から外出するなど自由に行動しており、時間的にも場所的にも拘束されていたとはいえない。

(松本コメント:「指揮監督がない」「時間・場所の拘束がない」ということで「業務委託」に傾く事情です)

・①②の事情だけを見ても、XさんとY社との間に、指揮命令関係があるというのは困難である。

・Xさんは、Y社からアプリAによって指揮命令を受けていたと主張するが、単に予約状況を共有していただけで、指揮命令を受けていたとはいえない。

(松本コメント:裁判では指揮監督の事情は細かく見られるので、単にアプリを使っていただけでは指揮監督があったということにはなりません)

・たしかに、Xさんの給与は,毎月一定額で、残業・欠勤で増減はしないため、結果によって報酬が左右される性質を有していない。また、給与は給与所得として源泉徴収及び雇用保険料を徴収していたことが認められる。

(松本コメント:雇用契約の場合の給与の支払われ方なので、「雇用」に傾く事情です)

・しかし、報酬が固定であったことは、Xさんに安定した収入を得させる目的で便宜的にそうしたと見ることができるので、業務委託であることをひっくり返すほどの強い事情ということはできない。

(松本コメント:たとえ「雇用」の給与の支払形式でも、それは生活を安定させるための配慮だから「業務委託」であることに変わりはない、ということです)

・XさんとY社の代表は、交際関係にあったため、面接・採用という雇用契約の手続を経ていないし、就業規則、退職金についての定めがないが、Xさんが不満を言った事情はない。これはXさんとY社が労働基準法の適用があると考えていなかったからである。

(松本コメント:本件の特殊事情といえる「交際関係にあった」という事情です。)

・Xさんが開業にあたって一定の物品の負担をしたこと、Y社から店舗の退去を求められる前後を通じて自分の商号を使って営業を行っていたことなどから、Xさんは、Y社に対して使用従属関係にあったということができず、Xさんの労働者性を肯定することはできない。

(松本コメント:開業の際に物をもってきた事情やずっと自分のお店の名前を使っていたことも考慮されています)

雇用・業務委託後編(サロン六法・美容室経営者の法律相談)

この判決から学べること

裁判官は、最初に示した基準のうち、「①仕事の内容面」の

「(a)仕事の依頼に応じる自由があるか」

「(b)指揮監督があるか」

「(c)時間・場所の拘束があるか」

を主に見ていることがわかります。

「予約を自分で受けていて、自由にお店を出入りすることができている事情は、大きく業務委託に傾く事情になる」という学びが得られます。

ですので、最初から業務委託契約で進める場合や、途中で業務委託契約に切り替えるときには、この点に留意するべきです。

途中で業務委託契約に切り替えるというのは、例えば、新人の時点では、雇用契約で契約したとしても、お客さんがついてきてお店に貢献できるくらいの売上が上げられるようになったら、正式に業務委託契約に切り替えるやり方です。

そのときはしっかりと業務委託契約書を準備するのがいいでしょう。

また、「②金銭面」の「時間給、欠勤の控除、残業手当を与えているか」については、今回は雇用契約と同じ支払い方だったにもかかわらず、業務委託の認定をしています。

これは会社と美容師さんの関係(交際関係にあった)という事情が関係している面もありますが、「雇用契約と同じ給与の支払形態にしたとしても絶対に雇用になるとは限らない」という学びが得られますね。

ただ、これも、雇用契約から業務委託契約に切り替えるタイミングがあるのであれば、「給与」の支払から「報酬」の支払に変更するのがよいと考えられます。インボイス制度も始まったので、美容師さんには登録をするようにお願いしましょう。

業務委託契約への切り替え方

・最初は雇用契約で契約しても差し支えはない

・売上が上がってきたタイミングで業務委託に切り替える

・業務委託契約書を締結する

・「給与」の支払から「報酬」の支払に変更する

今後、業務委託の形で美容師さんにお願いしようと考えている経営者の方としては、

・フリーのお客さんが来たときに業務委託の美容師さんに対応させるべきか

・業務委託の美容師さんに時間を指定してサロンにいさせるべきか

・報酬の支払い方をどうするか

など、悩ましい点は多いですよね。

現実問題として指揮監督を完全に排除することは難しいかもしれませんが、サロンごとに営業の仕方は違うと思いますので、実情に合わせて決めていくことが大事だと思います。

雇用・業務委託後編(サロン六法・美容室経営者の法律相談)

さいごに

「こうすれば安心!」というやり方があるわけではないので、悩んでしまう点は多いですが、弁護士に相談して決めるといいと思います。

少なくとも「最低限ここはこうすべき」というラインが見えてくると思います。

今回の記事が少しでも参考になれば嬉しいです。

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>> 弁護士に聞く「美容室の業務委託契約」の注意点

松本隆弁護士( 横浜二幸法律事務所)

松本 隆

弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー

早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。

横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115

監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士) 編集/大徳明子 撮影/幡司誠

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