
いつかは海外で働いてみたい──。
そんな漠然とした憧れは持っていても、詳しい話を聞く機会はなかなか無いという人が少なくないのではないでしょうか。
都内有名店で勤務後に渡米し、現在はニューヨークのトップサロン「フレデリック・フェッカイ」でスタイリストとして活躍しているTOMOHIRO ARAKAWAさんがさまざまな疑問に答えます!
第1回となる今回は、海外に挑戦するまでについて聞きました。
A)日本で5年半、スタイリストとしては2年働いてからです。
2006年に新卒で青山のZACCに入り、3年半でスタイリストデビューしました。
海外に行こうとはっきり決めたのは2011年のことです。辞める時は半年前に言うのが約束だったので、そこは守って。2月に伝えて8月に辞めました。
「25歳までに海外に行きたい」と思っていたんです。10月8日が26歳の誕生日なので、その前にと、10月1日に日本を発ちました(笑)

「25歳までに海外に行きたいと思っていました」
A)そうみたいです(笑)
「ニューヨークに行く」と伝えたら、美容学校の友人たちに「昔からそう言っていたよね」と言われました。
「海外に行きたい」と言っていた覚えはないのですが、どうもそう思っていたようです。でも昔から海外に興味があったのは確かです。
A)つくることが好きで、人も好きだから。
つくることが好きで、アーティストになりたかったんです。
でも現実的じゃないなと思って。高校生だった頃は、画家って生きている間は食べることもままならない生活で、死んでから有名になるイメージを持っていたので・・・。
それで、つくることが好きで人も好きだから、美容師がいいかもしれないと思いました。
美容師は、つくったスタイルがよかったかどうか、その場ですぐ結果が出る。フィードバックの速さもいい。
秋田の田舎の出なんですが、地元の美容室に満足できなかったので、自分で切っていたんです。なかなか評判が良くて友達の髪も切っていました(笑)

「美容師ではなく、カリスマ美容師になりたいと思って選んだ道」
ネクタイを締める仕事は自分の性に合っていないなと思ったのも理由です。
実家が寺で、父は住職なんです。父が特殊な職業だったせいか、自分がサラリーマンになるイメージがわかなくて。
大人になった今は、世の中には数えきれないくらい職種があることも、美容師も給料をもらうからサラリーマンといえばサラリーマンということもわかりましたが。
寺は兄が継ぎ、僕は真逆の道に行きました。美容師になりたいのではなく、カリスマ美容師になりたかった。業界で一番になりたいと思って決めた道です。
⇒TOMOHIRO ARAKAWAさんインタビュー「海外で働く美容師事情シリーズ」
TOMOHIRO ARAKAWA
山野美容専門学校卒業後、ZACCに所属し、サロンワーク以外にも雑誌、テレビのヘアメイクなど、幅広いフィールドで活動。 2011年よりニューヨークに活動拠点を移し、マンハッタンのサロン1店舗を経てFrederic Fekkaiに所属。NYコレクションでKate spade new yorkやProenza Schouler、Alice+Oliviaなど有名ブランドのショーのバックステージに参画し、雑誌、セミナー等でも活動する他、自身プロデュースのヘアケアブランドをアメリカで展開。モデルや女優、政界や王室関係者ら世界各国の顧客を抱える。