街中に外国人旅行者の姿が戻り、この夏は数年ぶりに開かれる花火大会が目白押しです。美容業界もヘアショーやコンテストが戻り、活気づいてきました。
MINX代表の岡村享央さんにクリエイティブにかける想いとサロンワークで大切にされていることをうかがいました。
クリエイティブとサロンワークの根本は近い
── 岡村さんは数々の大舞台に立たれていますが、初めてヘアショーに出演されたのはいつのことですか?
ショーというほど大きなものではないのですが、初めて人前で切ったのは24歳のときです。ジャパンツアーの1回目が25歳だったので、その少し前ですね。そう考えると随分若いころからやっていました。
── 20代からクリエイティブの第一線で活躍されてきた方ですものね。
たまたま運よく、その場にいたので機会を与えていただいただけですよ。
── 美容室が単独でヘアショーを行ったのはMINXさんが初めてでした。
1992年のことですね。その後、ジャパンツアーとして、全国7カ所でヘアショーを開催しました。
オールスタンディングの観客の前でのヘアショーなんて、それまでなかった。ステージの上で本当に煙を使ったりしたんですけど、そんな演出をする人はそれまでいなかった。ヘアショーをアヴァンギャルドにやったのはMINXが初めてです。
そういう挑戦をずっと高橋(MINX創業者。現会長)がいろいろやってきたんです。MINXにとってヘアショーは、そういう歴史もあって大事なものです。
── 近年の傾向として、サロンワークに寄せたコンテストが増え、クリエイティブを発表する場が減っているように思います。
クリエイティブとサロンワークは作るデザインこそ違いますが、根本的なものは近いと思っています。サロンワークに近いものが悪いということはなく、行き過ぎたものがクリエイティブなわけでもない。クリエイティブとサロンワーク、どちらもやっていくことが大事です。
やってみると分かるのですが、共通点もたくさんあります。だから、クリエイティブが無くなっているというのは、個人的にはあまり感じていないですね。
美容師は手と目が大事
── クリエイティブは敷居が高いというイメージもあるようですが。
やっぱり、クリエイティブなことをやるのって難しいじゃないですか。でも難しいことをやるから美容師としての力もついてくるし、それがサロンワークにも生かされる。僕はやってきてそう感じています。
クリエイティブなことをやると、技術的にもデザイン的なこともきたえられるんですけど、一番は“デザインを見る目”がきたえられるんです。
目をきたえるというのは、これはカッコいいのか、カッコ悪いのか、今いいのか、悪いのかをジャッジをする力をつけるということ。美容師は手と目がすごく大事です。
── 美容師の目は“デザインを見る目”なんですね。
デザインのアイデアは、ある日とつぜん新しいものがバンと降ってくるというよりも、いろいろなものを作っているうちに延長線上に出来ていくことが多い。
いろいろなものを見て自分のデザインの幅を広げたり、情報や知識をブラッシュアップしていくのが大事だと思っています。
── 美容師の手とは?
分かりやすく言うと作る力。僕がそこですごく大事にしているのは基本です。
まずは基本で、その延長線上に応用があると思うので。基本がちゃんと出来てないと、粗ができてくるというか、質が下がってくる。クリエイティブにしてもサロンワークにしても基本をいつも大切にしてます。
失敗を恐れないこと、挑戦すること
── 岡村さんが実際に手がけたクリエイティブについてお聞きします。コロナ禍でヘアショーやコンテストの開催中止が続くなか、昨年5月に開催されたアジアビューティエキスポはひさしぶりの大規模なヘアショーでした。
僕にとっても、コロナが起きてから初のリアルなステージでした。オンラインのイベントはやっていたけれど、やっぱりライブが一番伝わりますね。
── ショーのテーマは何にされたのですか?
「極み」です。職人としてというか、美容師としてのモノづくりの原点や基本を大切にしたいという気持ちで決めました。
MINXがメジャーになったのは、ヘアショーによるところもすごくあるので、ショーというものへの思い入れは強いです。
ジャパンツアーで煙を使うなど挑戦的な演出をしてきたMINXだから、そのアヴァンギャルドな世界観をグレードアップさせたようなステージにしようと狙ってやりました。
── 準備はどのようにされているのですか?
演出を考えたり、モデルをオーディションで選んだりも含めると、だいぶ前から準備は始まります。僕自身のカットワークについては、ショーの1カ月くらい前からやっていました。
── 大変お忙しいのに、念入りに準備をされるんですね。
それぐらいやりこんでからパフォーマンスしないといいモノは作れないので。いくら演出が良くても、切っているデザインがダメだとダメ。切っている所作も良くないとダメです。
カットワークの様子を動画で撮って、見え方を確認しています。モデルの高さも練習のときから合わせています。慣れない高さで切ると指を切ってしまう可能性もありますから。
── サロンワークのためのカットの練習も、今でもされているのですか?
しますよ、もちろん。スタッフに教える際に、自分のテクニック的なものを試したりもしますし。
── 業界のトップの一人になっても練習を続けるのは、新しい流行で切り方が変わったりするからですか?
そういうのもありますし、テクニック的な見直しだったり、細かいところを詰めるという意味でも、いつまでも練習は必要です。
── すごい探求心ですね。ヘアショーのテーマ通り、極みですね。
美容師をやっている以上、そういう部分は必要だと思います。お客さまはなりたい姿になれないとあきらめたら店に来てくれなくなります。
あきらめないための提案を作るには、常に技術を見直したり、もっと細かいところまで詰めるといった繰り返しが必要だと思っています。
── クリエイティブというのは岡村さんにとってどんな存在でしょうか?
モノを表現するとか、デザインをするとか、演出なども含め、表現するということは美容師にとって大事です。創造するということは、美容師の原点だと思います。
自分の頭の中で想像していることを形にするには、チャレンジしなくてはいけない。でも、それが成功するかしないかは、チャレンジしなくては分からない。
だからクリエイティブで大切なのは、失敗を恐れないこと、そして挑戦すること。僕はこの2つを大事にしています。挑戦して失敗を恐れないというのは、最後まであきらめないということです。
── ステージに立つときに岡村さんが大切にされていることや秘訣を、これからステージに立ちたいと憧れている美容師さんのために教えてください。
練習です。25年、四半世紀もステージに立っていても本番前は緊張します。でも、その裏ではたくさんの練習をしてきたから、緊張していても良いパフォーマンスができるんです。
練習は本当に細かいところまでやります。音楽はショーのものを流し、ウィッグはそのショーで頼むモデルさんが椅子に座っている高さに合わせます。カットタイムも決まっているので、その時間で実際に切ります。そして、その練習している姿を動画で撮り、映像を確認して、自分の切っている所作を含めて確認しています。
── 構成も自分でされるそうですね。
全体の構成だったり、カメラで抜いてアップにするシーンをどこにするかだったりも、まずは自分の頭の中で構成を作って練習します。たとえば前髪をカットするシーンはカメラに寄ってもらう、いったん引いて全体を映してもらうとか。
観客はお金を払って見に来るということは、ステージはエンターテイメントの要素もあるので、そうした面も意識して構成を考えるようにしています。
進化し続けることが大事
── 岡村さんがレジェンドだというのは異論のないところかと思います。カミカリスマのアワード創設からずっと三ツ星美容師として表彰されていますが、そうした業界を代表する立場にあって思うこと、後進に伝えたいことをお聞かせください。
ヘアデザインを通して、お客さまを幸せにすること。それが僕らの仕事の一番大事なことだと思っているので、そこはブラさずにやっています。
美容師として一瞬売れるのは、実はそんなに難しくありません。高いレベルでどれだけ長く続けられるか、そこがすごく重要で、それができる美容師が本物なんだと思います。
そのためには、技術的なこと、デザイン的なこと、いろいろな意味で自分が進化し続けることが大事です。
進化し続けていないと、お客さまに飽きられてしまいます。自分が進化し続けることが、お客さまにとっても一番大事なことだと思っています。そのために、練習だったり、教育だったりが必要なんです。
── 岡村さんご自身は、進化につながるような刺激をどこで得ているのでしょうか?
他の美容師さんが作るデザインをSNSでチェックして、業界誌もいまだに全部見ています。ひまがあれば常に見ていますね。
自分が良いと思う作品、それと自分がすごくイヤだなと思う作品を気にかけて見ています。
── イヤだと思う作品ですか?
何でこれを嫌だと感じるんだろうと、そこを自分に確認するようにしています。ヘアデザインだけでなく、メイクや衣装、写真の撮り方などトータルで気になるところを突き詰めます。これは自分の中の感性にはないなあとか、案外そういうことが自分のクリエイションのヒントになります。
中途半端なものは気にかからない。雑誌をダーッと見ているとき、ページをめくる手が止まるのは、良いと思う作品とすごくイヤだなと思う作品です。手が止まるということは、自分の中で何らかの感情があって手が止まるわけなので、そこの感覚をすごく大事にしています。
── 岡村さんはどんなものからインスパイアを受けるのですか?
ファッション誌とか写真集とかですかね。代官山の蔦屋に夜中にいたりしますよ。
── 最近の業界で気になること、問題だと思うことはありますか?
いや、特にそんなには無いですね。若い人たちには若い人たちの力があります。僕らの頃もそうでしたし、その年代で残ること、ずっと第一線を走り続けることが大事です。皆でこの美容業界を良くしていって、本質的に必要とされる業界になれるといいなと思います。
若い美容師さんは、いろいろなものを見に行って、好きだったらまず自分でやってみることです。やっぱり行動しないと始まらないので。クリエイティブも最初は上手くいかないものです。それでもやり続けていけば、おもしろさも分かってくるので、まずは行動することが大事です。
岡村享央
MINXworld 代表取締役社長
OKAMURA TAKAHISA/1969年生まれ。高知県内のヘアサロンを経て1991年にMINXへ入社。各店の店長を歴任するなどサロンワークの現場に立ちながら、ヘアショーや雑誌の撮影などクリエイティブ活動も精力的に行う。Japan Hairdressing Awardsでは1995年に優秀新人賞、2001年に準グランプリを受賞。2016年、MINXworld代表取締役社長に就任。KAMI CHARISMAでは初回から4連続で三つ星美容師に選出されている。
▽MINX公式サイト=https://minx-net.co.jp/
取材・文/大徳明子 ※注釈のない写真はMINX提供